お返し


「おはようございまーす」
「あ、マスミさん。お早うございます」
 朝、事務所に来た私を見るなりおシゲさんがのそりと立ち上がった。
「え?」
 私はちょっと驚いた。おシゲさんはいつも、私が朝来てから夕方帰るまで、まるで根っこでも生えているかのように自分の席に座りっぱなしで、立ち上がったところなどほとんど見たことがなかったからだ。
「な、なんでしょう」
 私は少しびくびくしながらおシゲさんを見上げた。いつも座ってばかりだから忘れていたけれども、実はおシゲさんは背が高い。体格もいいし、こうやって近付かれるとけっこう威圧感がある。黒いスーツ姿のせいもあってか、なんだかボディガードみたいだった。これでサングラスをかけていればきっと完璧だ。
「これを」
 おシゲさんはぬっと私に紙袋を差し出した。茶色いシンプルな手提げタイプのものだ。
「バレンタインにはチョコをありがとうございました。これはホワイトデーのお返しです」
 私がぽかんとしていると、おシゲさんはそう言ってぺこりと頭を下げた。ああ、そういえばホワイトデーか。すっかり忘れてた。
「あ、ありがとうございます」
 私はそれを受け取るとちょっとシーナさんを見た。えーと。私一人もらっちゃっていいのかな。
「私ももらったわよー」
 シーナさんは私の視線に気付くとそう言って同じような紙袋を持ち上げてみせた。ああ、そうなんだ。よかった。
「はい。皆からお二人にと私が預かりましたので一つにまとめました」
 おシゲさんが補足してくれる。私はちょっと紙袋をのぞきこんだ。箱が3つに封筒が1つ。封筒はお手紙だろうか。
「私と所長とユウ、それとスズからです」
「え?スズちゃんからも?」
「はい」
 確かにバレンタインにはスズちゃんにもあげたけど。律義な子だなあ。
 ありがとうございます、と私は頭を下げた。いえ、とおシゲさんはちょっと笑顔をみせて、またのそのそと自分の席に戻って行った。
「中身見てごらんなさいよ」
 私が席につくとシーナさんがそう言って私の方に身を乗り出してきた。
「え、でも」
 私がちらりとおシゲさんを気にしていると、シーナさんは笑って、
「ていうかその封筒よ。たぶんセイからだから」
「これですか?」
 私は紙袋から封筒を取り出した。細長い茶封筒だ。こういっちゃなんだけどお返しにしては地味というかなんというか。
「ちなみに私はこれだったんだけどね」
 シーナさんは何か細長い紙をひらひらさせている。なんだろう。チケット?
「かたたたき券だそうよ」
「へ?」
 私は封筒を開けてみた。そして中に入っていたのは、
「あー、ほんとだ。かたたたき券ですね」
 それも細長く切ったコピー用紙に手書きで『かたたたき券』と書いてある。私は思わず笑った。まあ、手作りのプレゼントといえば聞こえはいいかもしれないけれど、ねえ。
「母の日かっての!まったくあのバカは!」
 シーナさんは怒ったような呆れたような口調で呟いた。そう言われてみれば確かにまるで母の日だ。
「早速今日使ってやるんだから!」
「でも今日所長来ますかねえ」
 私は空席のままの所長席を見てまた笑った。たぶん今日は所長は来ないんじゃないだろうかと思った。



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