めんどくさい


 僕は研究室を抜け出して廊下の窓辺で窓枠にもたれ掛かってぼけーっとタバコを吸っていた。別に研究室は禁煙だというわけでもないんだけど(副所長だってしょっちゅう吸ってるし)なんていうか研究室だと緊張しちゃうんだよなあ。ここに入ってもう何年も経つのにまだ人見知りしてるのかな、僕は。
「あれ、吉岡さん」
「ん?……ああ」
 声がしてそちらを見ると、こないだ入った新人の研究員の子だった。えーと、名前は確か……、あれ?
「ごめん、名前なんてったっけ」
「高木です」
「ああそうか、高木くんか」
 高木くんは苦笑いしていた。きっとこうして会うたんびにこのやり取りを繰り返してるんだろうな。どうも僕は人の名前を覚えるのが苦手だ。顔はすぐ覚えるんだけど。
 それはつまり興味がないということなんじゃないのか、と以前大野にその話をした時に言われた。そうなのかなあ。
「お疲れみたいですね」
 言いながら高木くんは僕の隣でぐったりと窓枠に寄り掛かっていた。
「いや、君の方がよっぽどお疲れみたいだけど」
「そうですね……」
 彼の様子に僕は少し笑った。まあ桂木さん担当だから仕方ないね。
 それにしても何だか僕がこうしてぼんやりしていると決まってこの子が現れるような気がする。まあいいけどさ、別に。僕も彼のこと嫌いじゃないし。
 僕はもう一つ煙を吐くと、タバコを携帯灰皿に押し込んだ。
「じゃ、僕はそろそろ戻るよ」
「あ、どうもお疲れさまです」
 軽く頭を下げる彼に僕は手を振ってその場を後にした。
(いや、やっぱりちょっとめんどくさいかもしれないなあ)



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