川辺さんの眼鏡


 川辺さんは今日もいつもの場所でぼーっとしていた。
 今日は寒い。川辺さんもコートを着込んで寒そうに背中を丸めている。
 その頭というかおでこに、眼鏡が乗っていた。
「川辺さん」
 あたしは思わず吹き出した。
「ん?」
「なんでおでこに眼鏡なのよ」
 そういえば川辺さんはいつもポケットに眼鏡を入れている。けれどもかけたところは一度も見たことがなかった。
「なんでかけないの?まさか老眼鏡?」
「老眼鏡って……」
 川辺さんは困ったように笑った。
「だっておでこに眼鏡とか、おじいちゃんみたいなんだもん」
「おじいちゃんねえ……」
 川辺さんはおでこから眼鏡を取るとポケットにしまった。やっぱりかけないんだ。
「これは老眼鏡じゃなくて伊達眼鏡だよ」
「それでかけないの?じゃあなんでいつもそんな大事そうに持ってんの?」
「うーん」
 川辺さんは遠くを見て少し考え込んだ。
「……お守りかな」
 そしてぽつりとつぶやいた。
 お守りねえ。
 あたしは川辺さんをながめた。
「眼鏡似合うと思うよ、きっと」
「ありがとう」
 川辺さんはこっちを見て微笑んだ。
 あたしも笑い返しながら、今度眼鏡につけるチェーンでも買ってあげようかと思っていた。



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