川辺さんと大きな木


 あたしはいつものようにベンチに腰掛けている川辺さんの隣に並んで腰を下ろして川辺さんと同じようにぼーっとしていた。
 だいぶ日が長くなってきたなあと、夕日に染まる景色を眺めながら思う。毎日同じだと思っていても少しづつ変わっているんだなあ。
 川辺さんもいつものようにぼーっとしていた。相変わらず何も考えてないんだろうか。
 川辺さんはあたしが話しかけない限り自分からは話しかけてこようとはしない。時にはあたしが話していても聞いているんだかいないんだか分からないこともある。けれどもそんな川辺さんの隣は妙に居心地がよかった。
「なんか、川辺さんて不思議」
「……ん?」
 川辺さんを眺めながらあたしが呟くと、川辺さんは目が覚めたようにまばたきしてこちらを見た。
「妙に居心地がいいっていうか、ほっとするていうか。だいたいあたし知らない人にそう話しかける方でもないのに、川辺さんには最初から安心して近付いていけたってのも今考えると不思議なんだよね」
 川辺さんはただ黙ってあたしの話を聞いていた。その表情はやさしい。川辺さんはいつもそうだった。例えばあたしが愚痴を言うことがあってもいつもただ黙って聞いていてくれている。
「ああ、そうか」
 ふと思い付いてあたしは言った。
「川辺さんて、なんだか大きな木みたいだ」
「木?」
 川辺さんは少し首をかしげた。
「うん」
 小さいころ、あたしはよく近所の公園というか広場に遊びに行っていた。そこには大きな木があって、あたしはその木陰が好きだった。そこから見上げて葉と葉の隙間から見えるか見えないかの空を眺めてみたり、その太い枝に登れないかと挑戦しては失敗してみたり。行けばいつも変わらずそこにある大きな木。最近あまり行くことはなくなったけれども、たまに近くを通ればやっぱりいつも変わらずそこにある大きな木。
 川辺さんは、なんだかそれに似ているような気がしたのだ。
 そんなようなことを話すと、川辺さんは少し笑って、なるほど、と呟いた。
「鋭いな」
「え?」
 あたしは驚いて目をぱちくりさせた。
「鋭いってなにが?」
 すると、川辺さんはそのまま笑顔で言った。
「実は君の言うとおり、おれはもうずっと前からそこに生えてる木なんだよ」
「は?」
 あたしは思わず振り返って川辺さんの言う木を探してしまう。すると川辺さんは笑いながら、
「……なんてね」
「なんだ」
 冗談か。
 あたしはちょっと川辺さんをにらんだ。
「もう、一瞬本気にしちゃったじゃない」
「ごめんごめん」
 謝りながらも川辺さんはまだ笑っていた。
 いや、確かに川辺さんは冗談だと笑っているけれども、やっぱり実はそうなんだと言われてもおかしくないような気がした。



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