提案


 屋上で、桐島はフェンスにもたれかかってぼんやりとしていた。
 すでに日も傾いていた。黄色味を帯びた西日が眩しかった。
「ああ、こんなところにいたんですか」
 ふと聞こえた静かな声に、桐島は振り返った。
「夢積さん」
 部活の、特別顧問の夢積だった。彼も眩しそうに目を細めていた。
「あ。……すみません」
 そういえば勝手に部活を抜け出したままだったことを思いだし、桐島は頭を下げた。夢積はきっと桐島を探しにきてくれたのだろう。
「いいえ」
 夢積は穏やかに首を振り、桐島の隣に立つと同じようにフェンスに寄り掛かった。
「何かお悩みのようですね」
「…………」
 桐島は黙ったままうつむいた。屋上からは運動場とその先に小さく町並みが見える。運動場には運動部の生徒たちだろう姿があって、それぞれ長く影を伸ばしていた。
「なんだか……」
 やがて、まだうまく言い表せる言葉を見つけられないまま、桐島は呟いた。
「今まで、まさか考えもしなかったようなことを、いきなり突き付けられて」
「ええ」
「そんなこと、普通ありえないだろうと思っていたのに」
「なるほど」
 隣からは変わらぬ調子の相槌が聞こえてくる。
「そうしたらもう、分からなくなってしまって。何が普通で何が異常で何が正しくて何が間違っていて、僕は――」
 続く言葉を飲み込んで、桐島は口を閉じた。夢積は目を細めて遠くの空を眺めたまま、
「まあ、だいたいのことは、見てて何となく分かりましたが」
「そうですか……」
 夢積の言葉に桐島は溜め息をついた。何も気付いていなかったのは、自分だけなのか。
「ねえ、桐島君」
 ふと呼ばれ、桐島は顔を上げた。呼んだ方の夢積は、ただ穏やかに微笑んでいた。
「いい方法がありますよ」
「え?」
「あなたの愛する人を、ずっとそばにとどめておくための、いい方法が」
 桐島は呆然と夢積を見た。愛する人だなんて、そんな。
(誰を愛しているのかすら、分からなくなってしまっているのに?)
 だが夢積のその言葉は妙に桐島を引きつけた。本当に、そんな方法があるのなら。
「方法って……?」
 尋ねると、夢積は桐島を見て微笑みを浮かべた。



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