小人の話


 帰りの電車はいつものように混んでいた。
 座席は埋まってしまっていて、俺は吊り革につかまって立っていた。
 この時間、電車の中は学生が多く、話し声で賑やかだった。
 そんな中、俺は窓の外を流れて行く風景をぼんやりと眺めていた。
「そういえばさあ」
「ん?」
 ふと、比較的近い所からの話し声が耳に入ってきた。女の子二人。斜め後ろあたりか。
「ほら、こないだうちの小人にお土産で服買っていったじゃない?」
「あー、なんかちっさいの買ってたね」
「なのにあの子ったら文句ばっか言って着てくれないんだよー。なにそれ、コスプレでもさせる気ー?とか言っちゃって」
 小人?
 聞くともなしに聞いていたら飛び込んできたそんな単語に、俺は思わず振り向いてしまうところだった。
「せっかく似合うと思って買ってったのにさ。生意気だよねー」
「でもそこが可愛いって言うんでしょ」
「えへ。まあねー」
 俺は窓ガラスに映る背後の様子をさりげなく探ってみた。けれどもその声の主の姿まではよく分からない。
 今や俺は彼女たちの話を聞くともなしどころではなく意識を集中して聞いてしまっていた。確かに小人の話をしている。それも普通に。
 どうして小人の話がそんなに気になるのか。それはとても信じられないからとかではない。
 それは。


「ただいま」
「おう!おかえりー」
 帰宅して自分の部屋に入ると、奴は俺の机の上でスケボーを乗り回していた。
「おみやげはー?」
「なんでそう毎日毎日お前に土産を買っていかなきゃなんないんだ」
「ケチくせえ。そんな男はもてねえぞ?」
「こないだそれ買ってやったばかりじゃないか」
 それ、というのは奴が乗り回しているスケボーのことだ。先日雑貨屋で偶然みつけた手のひらに乗るくらいのミニチュア。もしかしたらと思って買ってみたら思った以上にジャストサイズで、奴もたいそう気に入っているようだ。
「俺今度スニーカー欲しいんだけど」
「知らん」
 そう。実は俺の部屋には小人が住み着いているのだ。身長約13cmの男の子、ていうかクソガキが。
「そういえば今日帰りの電車の中で、小人の話をしてる女がいたぞ」
 だから先ほどもその小人の話が気になってしまったというわけだ。
「小人の話?マジかよ。実は犬だとかいうオチじゃねえの?」
「いや、確かに小人の話だった。でもなんか普通にしてたから驚いて」
「つまりそいつのとこにも小人がいるってか?んなわけあるかよー」
 奴はスケボーの上に座って俺を見上げた。
「で?お前その女に声かけたの?」
 俺はじろりと奴をにらみつけた。
「そんなことするか。そもそも後ろから聞こえてきただけで誰が話してるのかまでは分からなかったし」
「なんだ情けねえなー。そんなんだからもてねえんだよ」
「だいたいなんて声をかけたらいいんだ。『実はうちにも小人が……』なんて言えるか」
「確かにいきなりそんなこと言ったら変な奴だよなー」
 奴はけらけらと笑った。けれどももしまた彼女に会えたら。その時にはちょっと声をかけてみたいような気もしていた。



戻る
- ナノ -