Eve


 がたん、と玄関のほうで物音がした。続いて、どすどすと足音が近付いて来る。
「やあ、そろそろ来るころだと思っていたよ」
 姿を見せた桐島に、俺はそう言って笑いかけた。
「…………佐倉。なんだこれは」
 桐島はぽかんと間の抜けた表情で俺を、いや俺の前、テーブルの上を見ていた。
「見てのとおりさ」
 そこには、真ん中にクリスマスケーキ、かたわらにシャンパンと向かい合わせにシャンパングラス。ささやかだが二人分用意して待っていたのだ。
「何をやってるんだ君は。もし私が来なかったらどうするつもりだったんだ」
 確かに、特に約束をしていたわけではない。
「来なかったら?そんなこと考えもしなかったな」
 だがきっと桐島は来るだろうと思っていた。なんだかんだ言って、こういう行事が好きなのだ、桐島は。
「だって、来たじゃないか」
 俺の言葉に桐島はひとつ溜め息をつき、立ち尽くしていたのがこちらへやって来た。よく見ると、桐島はスーパーかコンビニかの白いビニール袋をさげている。
「参ったな」
 桐島はそれを俺の方へ掲げて見せた。
「君がそんな気をきかせてくれるだなんて考えもしなかったから、ほら」
 その中身はどうやら。
「私も同じようなものを買って来てしまったよ」
「なあに、構わないさ」
 俺は笑った。ああ、確かに桐島なら、ケーキとシャンパンを持参するくらいのことはするだろう。だがそれくらい予想の範囲内だ。たとえケーキが二個になろうとも、
「明日も食べればいい」
 どうぞ、と俺は桐島に向かい側の席をすすめた。桐島はもう一度、参ったな、と呟いた。
 久し振りに、桐島の笑顔を見た気がした。



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