俺と後輩


 休み時間。次の授業のために特別教室へ向かう途中、一年の教室の前の廊下に差し掛かった時だった。
「あ、千秋ちゃんだ。ほら」
 横から友人につつかれて見てみると、確かに窓から手を振る女子生徒の姿がある。
「せんぱーい」
 満面の笑顔で俺に手を振っているのは、俺の二つ下の後輩、千秋ちゃんだ。まあなんていうか……、妙に懐かれている。
 俺もなんとなくつられて手を振ると、彼女はますます笑顔になった。えーと。
「せんぱーい、愛されてるねえ」
 教室の前を通り過ぎたところでまた友人につつかれた。
「よせよ」
「んなこと言って、まんざらでもないくせに」
「んー、でもなあ」
「えー、なんだよ、千秋ちゃん可愛いじゃない」
 首をひねる俺に友人は意外だというような顔をした。だってなんていうか。
「いや、でも……周りがさあ」
「周り?」
「うん」
 俺はうなずいてちょっと振り返った。少し離れたところに、クラスメイトの遠野の姿が見える。遠野夏美。千秋ちゃんのお姉さんだ。
「……なんか今もまたお姉さんからにらまれてるような気がする」
 俺が呟くと友人は笑った。
「しかも怖いのはお姉さんだけじゃないし」
 さらに上にはお兄さんも二人いる。あと家柄もちょっと特殊で、お目付け役みたいな存在もあったりする。
「まあそんなこと言わずがんばれよー」
 何をだよ。
 俺は呑気な友人をちょっとにらんだ。確かにまんざらでもないと言われればそうかもしれない。けれども、なんていうか迂闊に手を出すと後が怖い気がするのだ。



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