物語


 ドアを開けると、そいつはゆっくりと振り向いた。
「いらっしゃい、お待ちしておりました」
 あたしたちの姿を見て、そんな風に言う。あたしはそいつをにらみつけた。
「あんたがいわゆるラスボスってやつね」
 ラスボス、あるいは黒幕ってやつだろうか。そこにいたのは敵の親玉で、いわばすべてのきっかけを作ったやつだった。
「ラスボスですか。なるほど、あなたがそう思うのであれば、そうなんでしょうね」
 あたしの言葉にそいつはそうこたえて笑った。ラスボス、という言い回しが可笑しかったのだろうか。意外にも穏やかな雰囲気の優しげな人に見えるのに、なんかムカついた。さすがラスボスだ。
「おや」
 そしてふと奴はあたしの隣を見た。
「そちらはまた、お久し振りですね」
 奴の言葉にあたしは驚いて隣を見た。そこには、連れの男がいる。どうしてもついていきたいというから連れてきたのだ。
「知り合いだったの?」
「いちおうな」
 彼は苦笑いした。なるほど。彼は彼でラスボスにいろいろ恨みがあるらしい。
「相変わらずだな」
 彼は苦笑いのままラスボスに言った。
「そちらこそ、お変わりないようで何よりです」
 ラスボスもそんな彼ににっこりと笑い返した。隣で彼があきれたようにため息をついた。
「さて、あなたたちがここにたどり着いたということは、いよいよこの物語も終盤ですね」
 奴はまだ椅子に腰掛けたままだった。あくまで穏やかにこっちを見ていた。
「そうね、悪いけどあんたの野望もここまでだわ」
 すでに敵の組織はほぼ壊滅状態だ。あとはこいつを倒すだけだと言ってもいい。なのに。
「野望、ですか」
 奴は呟いた。やっぱりどこまでも穏やかなその様子がだんだん不気味に見えてきた。
「そうだ、ここまでたどりついたあなたたちに、ひとついいことを教えてあげましょう」
 は?
 あたしは目を見開いた。
「いいこと、ですって?」
 いきなり何を言いだすんだろう。
「ええ」
 奴はにこやかにうなずいた。
「わたしのほんとうの目的です」
 ほんとうの目的?
「あら、世界征服が目的じゃなかったの?」
 あたしは鼻で笑ってやった。今更何を言っているんだ。
「いいえ」
 だが彼は穏やかにかぶりを振った。
「世界なんて本当はどうでもいいんです。わたしの目的は、そこから生まれる『物語』なのですから」
「物語……?」
「ええ。たとえばあなたがここに至るまでのさまざまなできごと。他にも、こうしてわたしと関わったさまざまな人々の織り成すさまざまな『物語』は、わたしをおおいに楽しませてくれました」



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