鳩B


「倉沢くん大変だ!非常事態だ!」
 倉沢の姿を見るや、椅子を蹴り倒す勢いで透が立ち上がった。
「はあ。いったいどうしたんですか?」
 倉沢はきょとんと首をかしげた。そもそも彼がここにやってきたのも、透からの連絡を受けてのことだった。非常事態発生。大至急来てほしい。
「これを見てくれ」
 透は深刻な表情でかたわらに置いてあった鳥籠を前に押しやった。
「鳩Bですね。そういえばそろそろ定期連絡の頃じゃなかったですか?」
 それは、ここを離れてとある研究所に入り込んでいる仲間との連絡に使っている伝書鳩だった。現在こちらにいるのは鳩B、向こうにいるのは鳩Aだ。そして定期的にほぼ同じタイミングでそれぞれ鳩を飛ばすことになっている。互いの鳩を交換するように。
「そう。実は先日がその定期連絡の日だった。だから本来ならここには鳩Aがいなければならないはずなんだ。なのに、鳩Bがそのまま帰って来てしまったんだよ」
「それは……変ですね」
「かといって鳩Aがやって来る様子もない」
「なるほど」
 うーむ、と倉沢も眉をひそめて鳩Bを見た。鳩Bもどこか間抜けな顔で倉沢を見つめ返している。
「ひょっとして、手紙に妙なこと書きませんでしたか?何か相手を怒らせるような」
 それで突き返されたんじゃないか、と訊いてみる。とんでもない!と透は力強く否定した。
「ぼくがそんなことするわけないじゃない!」
「何書いて送ったんですか。ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「うん」
 差し出された紙に倉沢はざっと目を通した。その内容に思わず笑みがこぼれる。
「ちょっと何笑ってんの」
「だって……、これじゃあまるで古里のお母さんじゃないですか。まあ可愛い涼くんが心配なのは分かりますが」
「笑いごとじゃないよ!」
 透はテーブルをどんと叩いた。
「すみません」
 確かに笑いごとではなかった。いくら手紙の内容が古里の母親じみていても、相手はそのくらいのことで手紙を突き返すような人物ではない。
「でね、変だったからもう一度飛ばしてみたんだ。今度はカメラもつけて」
 透は小型のカメラを取り出した。
「これなんだけど。ちょっと見てくれる?」
 そしててきぱきと線をつなぎテレビに映像を映し出した。
 それには。
「研究所がありませんね」
 そこにはがらんとした空き地が広がっていた。鳩Bが場所を間違えたわけではないことは、辺りの景色などから分かる。だがそこから研究所だけがきれいさっぱりなくなっていたのだった。
「そうなんだよ倉沢くん、どうしよう」
 透は今にも泣きそうな顔で言った。
「涼くんが研究所ごと行方不明だよ」
 確かに非常事態だった。



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