引っ越しました。
 場所は小さな島の断崖絶壁の上です。

「とは書いてみたものの、さてどうしたもんかなあ」
 研究所の寮の一室、彼はごろりと仰向けに寝転がってひとり呟いた。

 研究所の移転後強化されたという結界を見に行ってみた。なるほど確かにやっかいなことになっていた。物理的に壁があるわけではない。それは精神的なものに訴えかける仕掛けだった。ここから先へ進んではいけないと思わせ、足をすくませてしまうのだ。
「あれ?おーい」
 結界の縁で立ち尽くしていると窓から声をかけられた。
「あ、吉岡さん」
「何やってんの?」
「いや、ちょっと結界強化されたって聞いたもので。これ向こうからもこんな感じで入れなくなってるんですか?」
「あー、そうだよー」
「入られないのはともかく出られないのって不便じゃないですか?」
「え?どうして?別に出なくてもいいじゃん」
 やはりそうなのか、と思った。どうやらここの人間はここから出ることなど考えもしないらしい。

「でも、俺は困るんだよ。なあ」
 彼は寝転がったまま斜め上に視線をやった。そこには鳥籠が置いてあり、中には一羽の鳩がいた。
「お前だって困るよなあ」
 鳩はただ首をかしげた。彼はよいしょと反動をつけて起き上がり、鳩を籠から出すと抱えて窓辺に立った。
「ああそうだ。一応これつけといて」
 彼はメモ用紙を細く折りたたむと鳩の足に結び付けた。それからもう一度窓辺に鳩を連れて行き、
「行ってみる?」
 ほれ、と窓から鳩を放った。
「……ああ、やっぱり」
 彼は溜め息をついた。鳩も結界に阻まれて戻って来てしまったのだ。
「いや、お前が悪いわけじゃないんだよ。でも困ったねえ」
 彼は鳩に話しかけながらその足のメモ用紙を外し、またそっと鳥籠に戻した。
 この鳩は向こうとの連絡手段のひとつだった。そろそろ定期連絡の頃で、向こうからも同じように鳩が来ることになっている。だが当然以前までの場所に行ってしまうだろう。研究所が移転しただなんて向こうは知りもしないのだから。
「まいったなあ」
 まあ取りあえず移転したことは嫌でも伝わるだろうが。
「みんな心配するだろなあ」
 それが一番気掛かりだった。



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