願い事


 帰り道、よく立ち寄っている商店街。俺はいつものように親友のタケピーと一緒にぶらぶらしていた。
「七夕かー」
 商店街の所々には七夕の笹飾りが飾られている。それをぽかんと見上げて、タケピーが言った。
「あ、そうだ、あれ書いてこうぜ」
 笹飾りのところには、長机が置いてあって、その上に短冊と筆記用具も置いてあった。ご自由に書いてぶらさげてくださいという、商店街のちょっとした企画だ。
「は? それマジで言ってんの?」
「もちろん。せっかくの七夕なんだからお願い事しなきゃ」
「お願い事ねえ……」
 俺たちは笹飾りの下の長机に向かった。短冊を取り、ペンを取り、はた、と考えこむ。願い事かあ。いったい何を書こう。
「お前何書いた?」
 かたわらでうきうきと鼻歌まじりで何やら書いているタケピーの短冊を覗き込んでみる。すると、
「『商品券が当たりますように』? なんじゃそりゃ」
「知らねえの? こうやって短冊書いた人の中から抽選で商品券が当たるんだぜ?」
 いや、知らねえとかそういうことじゃなくて。タケピーの得意げな様子に俺はあきれて溜め息をついた。
「だからってそのままズバリ書くか? お前本当にバカだな」
「えー? 逆にちょーウケると思うんだけどなあ。そう言うお前は何書いたんだよ」
「まだ書いてない」
「早く書けよ」
「じゃあ……お前のバカが早くなおりますようにって書いとくよ」
「ひど!」
「ああ、バカはどうやってもなおらないか。ごめん」
「ひっでえ!」
「何騒いでるの、そこのバカ二人」
「ん?」
 不意に第三者の声がして、俺たちはそろって振り返った。同じクラスのツカモトだった。
「おや、そう言うそちらさんは学年トップの天才さんじゃないですか」
「おい俺はここまでバカじゃないぞ。俺までこいつと一緒にすんな」
「短冊?」
 彼女は俺たちのセリフを無視して俺らの手元を覗き込んできた。
「ふーん」
 馬鹿にしたようにニヤリと笑う。ほら、タケピーがバカなこと書くから。
「じゃあ」
 と、不意にツカモトが短冊を一枚取った。
「せっかくだから私も書いていこうかな」
「え? お前が?」
 俺は驚いて彼女を見た。意外だった。
「何書くんだ?」
 短冊を見る彼女のうつむき加減の横顔は、まだ少し微笑んでいる。
「そうね……」
 そしてそのままぽつりと呟いた。願い事を。
「夢が、見つかりますように」
 言葉のとおり、彼女はペンを走らせた。綺麗な字だった。
「お前、夢ねえの?」
 短冊を笹に結び付けるツカモトに、タケピーが訊いた。
「ないわ。だから今、探しているところなの」
 彼女はそう答えた。
「じゃあね」
 手を振って、ツカモトは颯爽と歩いて行く。ピンと伸びたその背中を、俺たちはただ黙って見送った。
 夢はない、と言い切る彼女が、なんだか少し哀しく見えた。



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