小鳥と子供


 朝、その日もいつもと同じく、最初に起きてきたのはツァーランだった。自室を出て、伸びてきた銀髪をまとめながら台所へと向かう。その途中の居間でツァーランは思いもよらないものを見つけて足を止めた。
「……なに?」
 子供だ。
 ツァーランはぽかんと立ち止まった。まだ寝ぼけているのだろうかと目をこすってみたりした。
「えーと」
 意味もなくあたりをきょろきょろと見回し、もう一度ツァーランはそれに目をやった。どうやら別に寝ぼけているわけでもなく、確かにそれはそこに存在しているようだ。
 それは男の子と女の子。ファイよりも年下に見える。お互いぴったりと抱き締めあうようにくっついて怯えた様子でツァーランを見ていた。
「どこの子?」
 ツァーランが声をかけると二人はますます怯えた顔になった。いや、そんな怯えられても。参ったなあと視線を逸らすとふとひっくり返った空の鳥籠が視界に入った。
 ん?
 ツァーランは鳥籠と子供たちを交互に見やった。鳥籠には昨日まで二羽の小鳥が入っていた。ライエが市場で拾ってきたものだ。まるで空から切り抜いたような青い小鳥。そして改めて子供たちを見れば、その髪の色もまた同じ空の青。
「…………」
 まさか。いや、そういうこと?
 ツァーランはくるりときびすを返した。足音も荒く真っ直ぐにライエの部屋へと向かい、ノックもなしにその扉を開けた。
「ライエ!ちょっとどういうことよ!」
「んー?なんだよ朝っぱらから……」
 もごもごとうめくような声とともに、もそりとライエの黒い頭が持ち上がった。ツァーランはつかつかとライエに近付き、ぐいとその腕をつかんで引っ張った。
「いいからちょっとこっち来なさい」
「うお?だから何だよいきなり……」
 ライエはされるがままツァーランに引っ張られていった。居間に二人の子供の姿を見つけてきょとんと目を丸くする。
「……何、お前の隠し子?」
「寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ」
 ライエは頭をひっぱたかれた。
「いて」
「あんだが拾ってきたんじゃないのよ!」
 今にも胸倉をつかみあげそうな勢いのツァーランにライエは慌てた。
「おいおい、俺は子供とか拾ってきた覚えはないぞ?」
「でも小鳥なら拾ってきたわよね」
 ツァーランはぐいとライエを睨み上げた。
「ああ、まあそうだけど……」
 ライエはおろおろと子供たちを見て、床に転がった鳥籠を見て、やがて、ああなるほどとぽんと手を叩いた。
「そうか、あんときの小鳥か!」
 子供たちはまだ怯えた様子でライエをじっと見ている。うんうん、となぜかライエはひとりうなずきながら、
「そうかそうか、可愛いなー」
「何呑気なこと言ってんのよ」
 ライエはまた頭をひっぱたかれた。
「いて」
「いて、じゃないわよ。どうするのよ」
 子供が小鳥にされてたのか小鳥が子供にされたのかは知らないが、もちろんこんなことそうそうあるものではない。もっと言ってしまえば、明らかに厄介事のにおいがする。
「どうするったって、追い出すわけにもいかないだろう」
「そうだけど……。まったくもう」
 最初から嫌な予感はしていたのだ。本当にライエが持ってくるものといえばいつも厄介事の種ばかりだ。
「とりあえず、えーと君たち、お名前は?」
 ライエは笑顔で子供たちに話しかけはじめた。ツァーランは溜め息をついて、じゃあ任せたから、ときびすを返した。とりあえず朝食にしよう。そうしよう。
「朝からうるさいな。いったい何事だ」
「ああ、ファイ、おはよう」
 騒ぎを聞きつけてファイも起き出してきた。ツァーランやライエと同じように、子供たちの姿にぽかんと立ち止まる。
「……なんだ、ライエの隠し子か?」
「いや、この子たちはツァーランの……」
「ライエ!!」
「じゃなくて、どうやら……」
 きっとシェイアが起きてきた時もまたこの手のやりとりがあるのだろう。そう思うとツァーランはそれだけでうんざりだった。



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