ミスターメリー


 当店は本日をもって閉店とさせていただきます。
 これまでのご愛顧ありがとうございました。

「…………」
 ミスターメリーの店の前、ぴしゃりと閉ざされた扉の前に立ち尽くして、ライエはそこにべたりと張り付けられた紙を眺めていた。
 ……またか。
 あごに手をあててわずかに顔をしかめる。実はミスターメリーの店が突然閉店するのはよくあることだった。大方また何か行き詰まっているのだろう。
「どうする?」
 ライエは傍らの連れ、ファイに目をやった。ファイも同じように張り紙を見上げて顔をしかめている。
「どうせまたサボっているんだろう。かまうものか」
「だよなあ」
 考えていることも同じのようだ。ライエは大きく頷くと、おもむろに、ドンドンドン、と扉を叩き始めた。
「おおーい」
 中からはうんともすんとも返ってこない。さらにしつこくライエは中に声をかけながら扉を叩き続けた。するとやがて、
「やかましい!表の張り紙が見えねえのか!」
 乱暴に扉が開いて、この店の主であるミスターメリーが姿を現した。
「おはようミスターメリー。実はその張り紙のことなんだが」
「ああ!?なんだお前かよ!」
 にこやかに笑うライエをミスターメリーはぎろりと睨み上げた。
「見てのとおりもう店はやめることにしたんだよ!やってられるか!こんな商売」
 ちくしょう、と吐き捨てるミスターメリーに、うんうん、とライエはもっともらしく頷いてみせた。
「君が今絶不調なのはよく分かる。だがな、だからといって閉店というのはいかがなものだろう。せめて本日休業としたらどうだい?」
 ライエの提案を、は!とミスターメリーは鼻で笑った。
「うるせえ、もうやめてやるんだ!こんな店、やめたところでどうせ誰も困りゃしねえんだよ」
「そんなことはないさ」
 ライエは悲しげな顔を作って首を左右に振った。
「じゃあ誰が困るってんだ」
「そりゃあ決まってる、明日の君だよ」
「は?」
 ミスターメリーは首をひねってライエを見上げた。ライエは今度は笑顔になって、
「確かに今の君はこの店を続けることに嫌気がさしているかもしれない。けれどもきっと明日の君はこの店をやめたことを嫌ってほど後悔するはずだからね」
 なんだかんだいって、この店はミスターメリーの生きがいでありすべてなのだ。そんなことぐらい、ライエもファイも、そしてミスターメリー自身も良く分かっていた。
「ちっ……」
 ミスターメリーは一つ舌打ちをすると一度店の中に引っ込んだ。やがて、新しい張り紙を持って戻って来る。

 都合により、本日は休業とさせていただきます。

「ほら、これでいいだろう!」
 それをライエに押しつけると、ミスターメリーはバタン!と扉を乱暴に閉じた。ライエとファイは顔を見合わせてちょっと笑った。
「じゃあまた来るよ、ミスターメリー」
 ライエは中に声をかけ、ミスターメリーの店を後にした。その扉の張り紙は、新しいものに張り替えられていた。



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