確率の実験


「りょーちゃん、あのさあ」
「はい」
「ちょっと実験してもらいたいことがあるんだけど」
「え?」
 声をかけられて振り向くと同時に桂木さんは俺に小さな何かを投げてよこした。慌ててなんとか受け取って見ると何の変哲もない10円玉だ。
「10円玉?これをどうするんですか?」
「ねえ表だった裏だった?」
「え?」
 実験ってなんだろうと桂木さんを見ると逆に尋ねられた。表か裏か。
「ああ……、裏ですけど」
「そっかあ、残念だなあ。表が出るように念じてみたんだけど」
「はあそうですか」
 いや、わけがわからないなあ。
「で、実験って」
「さて問題です」
 桂木さんはまたポケットから10円玉らしきものを一枚取り出して真上に放り投げた。そしてそれをうまく両手で挟むようにして受け止めると10円玉を見せないように挟んだまま俺に差し出すように向けてみせた。
「こうやって10円玉を投げたとき、表が出るか裏が出るか、その確率は?」
「半々ですね」
 また質問に質問で返されたなあと思いながら答えると、桂木さんは手を開いた。寄って見ると、10円玉は図柄の描かれている方をこちらに向けている。
「そう。確かに、表が出るか裏が出るかの確率は半々、つまり二分の一だといわれている。けれども、それはただ何も考えず機械的に投げた場合の確率であって」
 桂木さんはもう一度同じように10円玉を投げて見せた。10円玉は今度は数字の書かれているほうをこちらに向けている。桂木さんはそれを見るとにやりと笑って俺を見上げた。
「こうやって、例えば表が出るように念じながら投げていれば、次第に表の出る回数の方が多くなっていくらしいんだよ。つまり、意識して確率を操作することができるというわけなんだけど。本当かなあ」
「…………」
 いや、そう言われても。
「で、りょーちゃんに実験してもらいたいんだけど」
「……なんでしょう」
 と尋ねつつなんだか嫌な予感がした。桂木さんが言おうとしている「実験」の内容が何となく分かったような気がする。
「その10円玉を、とりあえずまずは何も考えずに1000回ぐらい、次は表が出るように念じながら1000回ぐらい、それぞれ投げて統計取ってくれる?あ、別に裏でもいいけど」
 そしてほぼ予想通りの答えが返ってきて、俺はちょっと帰りたくなった。
「……1000回づつですか」
 合計2000回かよ。
「もっと多くてもいいよ。多ければ多いほどいいデータがとれそうだし」
 けれども少なくするのはいけないらしい。俺は溜め息をついてとりあえず一回投げてみた。
「ところで桂木さん」
「なに?」
「10円玉の表ってどっちだか知ってます?」
「え?数字が書いてある方でしょ?」
「違いますよ。そっちは裏です」
「え、嘘!?俺ずっと逆だと思ってた!」
 手の中の10円玉はまたこちらに裏を向けていた。



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