欠員補充


 ちょっといろいろあって、研究所に欠員が出た。
「伊東君。すまないがこれをどこかてきとうなところに貼ってきてくれないか」
 そんなある時、そう言って副所長が僕に渡してきたのは、研究所の所員を募集する張り紙だった。
「はあ」
 何で僕がと思ったけれども仕方がない。いつの間にかこうした外に出なければならない仕事は僕の担当になってしまっていた。うちの連中はどいつもこいつも出無精だ。
 張り紙を薄っぺらい鞄に入れて僕は外に出た。張り紙は何枚もある。どこかてきとうなところに貼れと言われても、いったいどこに貼ろう。
 とりあえずすぐ目の前の電柱にでも貼っておこうかと僕は鞄から張り紙を一枚取り出した。文字だけの殺風景なそれにちょっと懐かしいなと思った。僕がこの研究所に入ったきっかけも、やっぱりこんな張り紙だった。
「……よし」
 そしてまずは一枚貼り終わり、斜めになったりしてないか少し離れてチェックしていたときだった。
「あのう」
「はい?」
 ふいに声をかけられて、僕は振り返った。そこにいた人影に僕は一瞬ぎょっとした。研究所を出たはずのあの人が戻ってきたのかと思った。けれども、よく見ると共通点は長く伸ばした髪だけであとは全然違っていた。もちろん顔も似てないし年ももう少し若いようだ。
「ああ、なんでしょう?」
「それ……」
「え?」
 彼は今貼ったばかりの張り紙を指差した。僕もつられてまた張り紙を見やった。しまった、こんな所に貼るなって怒られるのかな。
「ああ、いや、これはその……」
「所員募集ってありますが」
「あ、うん、まあそうなんだけど」
「俺、入りたいんですけど」
「え?」
 僕は驚いて彼をまじまじと見た。
「は?え、なに?うちに入りたい?」
「はい」
 よく見ると彼はなぜか大きな荷物を提げている。
「お願いします」
 彼はぺこりと頭を下げた。
「ああ、そう……」
 なんだこいつ用意がいいなと一瞬思ったがそうではないだろう。行き場をなくした家出少年といったところか。
 ちょうどいいや。僕は彼を連れて行くことにした。そしたらもう張り紙貼って回らなくてもいいし。ちょっと良すぎるくらいのタイミングの良さだけれど、まあ縁なんてもんはきっとそんなもんなんだろう。
「分かった。ちょっと待ってて」
 僕はさっき貼ったばかりの張り紙を剥がした。せっかく貼ったけれども、たぶんもうこれは必要ない。
「じゃあ、とりあえずついておいでよ」
 どうやら欠員はあっさり埋まりそうだった。



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