種蒔き


「おはよう」
 休日の朝。いつもよりちょっと遅く起きてくるといつもの場所に透さんがいなかった。気がつけば玄関の方から鼻歌が聞こえてくる。
「何やってんの?」
「ん?」
 玄関まで見に行けば透さんが屈みこんで何やら作業していた。透さんの前には白くて長方形のプランター。かたわらにはスコップやらじょうろやらが転がっている。
「ああ涼くん、おはよう」
 こちらを見上げて透さんはにこりと笑った。
「種蒔き?家庭菜園でもするの?」
 よく見るとちょうど作業完了といったふうだった。何をやっているかと思えば。
「家庭菜園じゃないよー」
「じゃあ何」
「朝顔」
「朝顔?」
「うん。ほら昔さ、兄貴がどっかから持ってきた種蒔いて育ててたじゃん。そのときのやつが出て来たからまた蒔いてみようかと思って」
「ああ」
 そういえばそんなことがあった。花が咲いたあとにはまたたくさんの種。どうしたんだろうと思っていたけれども、透さん仕舞い込んでいたんだな。
「何年も前のやつだから、芽が出るかどうかわかんないけど」
 よいしょと透さんは立ち上がってまたプランターを見下ろしたまま、
「そういえば涼くん」
「ん?」
「朝顔の花言葉って知ってる?」
「え?知らない」
「そう」
 そして透さんは黙り込んでしまった。いや、そこで黙られても気持ち悪いんだけど。
「……透さん知らないの?」
 尋ねてみると透さんはこっちを見てまたちょっと笑った。
「絆」
「え?」
「他にも『明日もさわやかに』とか『はかない恋』とか、あと『私はあなたに絡み付く』なんてのもあるみたいだよ。これなんかすごいよね、今流行りのヤンデレみたい」
「……それヤンデレとはちょっと違うんじゃない?」
 俺たちは何かをごまかすように笑って、さて朝ご飯にしようかと台所に向かった。
(……絆)
 朝顔の花言葉。
 親父は知っていたんだろうか。



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