さすがに驚いた


 夜当番は暇だし眠い。というわけで僕はちょっと眠気覚ましに研究所内を散歩していた。廊下は蛍光灯が白々とついていて余計に外の暗さを思わせた。僕はちらりと腕時計を見た。もう夜中といってもいい時間だ。眠いわけだよなあ。
「おっと」
「あ、すいません!」
 廊下の角を曲がろうとしたところで誰かにぶつかりかけた。僕は慌てて謝って、あらためてそれが誰か確認すると佐倉さんだった。
「…………どうしたんすか」
 佐倉さんの様子に僕はぎょっとしてしまった。正確には佐倉さんがその両腕に抱えているものにだ。
「ああ、ちょっと……」
 佐倉さんはちょっとはにかんで笑うと僕の視線を追って抱えたそれに視線をやった。
「いや、そこの部屋で寝こけてたから、寮に連れて帰ろうと思って。ほら、放っておいたら風邪をひくだろう?」
「はあ……」
 いや、風邪をひくからって。
 佐倉さんが抱えていたのはぐっすりお休み中の副所長だった。いわゆるお姫様抱っこ状態だ。
「ああそうだ、伊東君はどうして?」
「僕は夜当番ですよ」
「あ、そうか」
 さすがにまずいところを見られたとでも思っているんだろうか、佐倉さんは少し動揺しているように見えた。いや、単にいきなり僕が出てきて驚いただけかな。
「その状態で寮まで行かれるんですか?」
 研究所の建物と隣接しているとはいえ寮まではまだけっこうあるんだけど。
「ああ」
 だが佐倉さんはこともなげにうなずいた。へー。
「そうですか。お気をつけて」
「ああ、伊東君もお疲れ」
「はい。お疲れさんです」
 僕は思いだしたように佐倉さんに道を譲った。佐倉さんは副所長をお姫様抱っこしたまま、起こさないようにだろうか、ゆっくりと歩いて行ってしまった。
 ……いや、そこまでするもんかねえ。
 ちょっとすごいものを見てしまった気がする。僕はなんだかどっと疲れてしまってやれやれと溜め息をついた。


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「お姫様抱っこかあ。それはちょっとうらやましいなあ。ね、大野」
「俺に振るな」
「呑気なこと言ってんじゃねえよー。だいたい寝てたっつっても所内なんだから別に放っておけばいいじゃん。まあ確かに前々からあの人たちは見せつけてくれちゃってたけどさ。何かもう見ちゃいけないもん見ちゃった気分だよー。勘弁してもらいたいよ、もー」
「でも佐倉さん意外と力あるんだね。副所長だってそんなに小柄なわけでもないし。大野が僕をお姫様抱っこしてくれるのとはわけがちがうよね」
「あー、それはやっぱりあれじゃね?」
「愛の力?」
「……。何気に今日あたり筋肉痛だったりしてな」
「いや、明日あたりなんじゃないの?」
「お前、けっこう言うよなあ」



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