この馬鹿


「ねえ、なっちゃんなっちゃん!チョコレートは?」
「は?チョコレート?」
「ほら、なっちゃんが大好きな僕にチョコレートだよ!今日はバレンタインじゃない!」
「……知らないわよ」
 相変わらず星野は勝手なことばかり言っている。私はうんざりした気分で星野をにらみ付けた。
「えー?チョコないの?こんなにラブラブなのに?」
「誰がラブラブですって?」
「僕が。僕がなっちゃんにラブラブー」
「それはあんたが一人で勝手に思ってるだけじゃない」
「ガーン!」
「お二人さん、相変わらず仲良しだねえ」
 第三者の声に私は振り向いた。部活の顧問の波多野先生が部室に入って来たところだった。
「ほらなっちゃん!先生もああ言ってるじゃない!」
「先生、変なこと言わないでくださいよ。ただでさえコイツちょっと調子に乗ってるのに」
「ところで星野くん。最近では女性から男性へだけじゃなく男性から女性へとチョコを贈ることも増えてきたそうだよ?というわけで、今日は手作りチョコを持って来ました〜」
 先生は私のささやかな抗議など聞いていなかったふうで、じゃじゃ〜んとばかりに部室の長机の上にチョコレートの盛られた皿をどんと置いた。
「え?これ先生が作ったの?」
「うん。まあ溶かして型に入れて冷やしただけだけどね」
「でもすごーい」
 私もちょっとすごいなと思った。部員みんなで食べれるようにか小さいけれど大量のチョコ。それもひとつひとつがちゃんとハート形だし。
「じゃあ、はいなっちゃん。僕からバレンタインの愛のこもったチョコレート」
 早速とばかりに星野が皿からチョコを一つ取って私に差し出してきた。
「それ作ったの先生じゃん」
「いいからほら、あーんして」
「…………」
 ほんとにこの馬鹿は。何が、あーんして、だ。
 つい顔をしかめてしまう私を、それでも星野はにこにこと満面の笑顔で見つめている。私はやけくそになって、星野の言うとおり口を開けてやった。



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