どうせひとりだから


「波多野先生、まだ帰られないんですか?」
 まだ机に向かっている波多野先生に私はそう声をかけてみた。すっかり外は暗くなり、やたら明るく電気のついた職員室には私と波多野先生だけが残っている。
「ああ、石田ちゃん先帰っていいよ。ごめんね、ぼくがいつまでも残っているから先に帰りづらかった?」
 私をちらりと見て波多野先生はそんなふうに言った。なんて答えていいやら分からず私は一瞬口をつぐんでしまう。
「……いえ、ただなんか最近波多野先生いつも遅くまで残ってますよね。やっぱり忙しいんですか?」
 少し前まではどちらかというと早く帰っているような印象があったのに。
「うーん」
 すると波多野先生はすこし苦笑いで首をかしげた。
「忙しい、ていうか……どうせ帰ってもひとりだから。別に急いで帰ることもないかな、ていうか」
「そうなんですか」
「うん」
 あれ?
 変だな、と思った。波多野先生、確か前は家族がいるみたいな話をしていなかっただろうか。
 会話が途切れて、私はまた黙りこんでしまった。すると波多野先生はまたふと私を見て、
「石田ちゃん、ほんとにぼくはいいから早く帰りなよ。夜遅くなるとあぶないよ」
「……波多野先生」
「ん?」
「ごはんまだですよね」
「あー。そうだね、もうしばらくしたらコンビニにでも行こうかなと思ってるけど」
「…………そうですか」
 だったらいっしょにごはんたべにいきませんか。
 一瞬そう言いかけて、けれども同時にそれは逆に迷惑ではないだろうかという思いがよぎり、私は結局それを言い出せなかった。かといって逆にじゃあ帰りますとも言うことができなかった。



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