ほうれんそう


『涼くんおはよう。
今日はちょっと用事があるので早く出ます。
涼くんも気をつけて行ってらっしゃい』

 朝起きてくるとテーブルの上にそんなメモが置いてあった。部屋をぐるりと見回すと確かに透さんの姿はすでにない。透さんも朝早くから大変だなあ。
 俺はもう一度メモを見た。チラシの裏にボールペン書きの簡単なものだ。それを眺めながらふと、昔のことを思い出して俺は少し笑った。

 あれは確か、親父がいなくなってすぐの頃だった。やはりこんなふうに、だが俺には何も言わないまま、透さんが朝早く仕事に出かけてしまったことがあった。何も知らずに起きて来た俺は、透さんがいないことに驚き慌てふためいて、半分パニックを起こしながら透さんに電話をかけたのだった。
『涼くん?どうしたの?』
 そして、いつもと変わらない調子で電話に出た透さんに、俺は半泣きになりながら言った。
『どうしたのじゃねえよ、何黙って出かけてんだよ!』
 ――透さんまで、いなくなっちゃったかと思ったじゃないか!

 おそらく当時の俺は親父がいなくなったこともあって少し神経質になっていたのだろう。今となってはちょっと恥ずかしい話だ。
 けれどもそれ以来、透さんは何かある時は必ず前もって予定を教えてくれるようになったし、急に何か用事ができた時もこうやってメモを残してくれたりするようになった。それは俺も同様だ。互いに心配かけないように。
『やっぱりほうれんそうは大事だね』
『ほうれんそう?』
『そう。知らないの?報告、連絡、相談だよ』

(でも透さん、透さんは報告と連絡はよくしてくれるけど)
 相談は、なかなかしてくれないよね。



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