休憩


「副所長さん、休憩ですかい?」
 研究室を出た副所長さんを追いかけて俺は廊下を歩くその後ろ姿に声をかけた。
「中嶋さん」
 副所長さんは少し驚いた様子で振り返った。その手にはすでに煙草がある。相変わらずのヘビースモーカーだ。
「ご一緒させてもらってもよろしいですかね?」
「……ああ、どうぞ」
 追いついて俺が言うと副所長さんは頷いてすぐ近くの窓の方に向かった。本当は違う場所に行こうとしていたけれども予定変更といった様子だ。ちょっとまずかったかな。まあいいか。
 窓を開けて窓枠にもたれて外を眺める副所長さんの隣で俺も同じように窓枠にもたれて煙草に火をつけようとしたがライターがつかない。これだから安物はと思いながら悪戦苦闘していると、副所長さんがどうぞと火を差し出してくれた。
「ああ、すみません」
 俺は遠慮なくそれを使わせていただくことにした。副所長さんが持っていたのはゴツくて高そうなジッポーだ。一見似合わなさそうなのに似合っていて、この人のこういうところが面白いなあと思った。
「いいの持ってますね」
「これですか」
 副所長さんも手の中のそれにちらりと視線をやるとポケットにしまった。おそらく長いこと使い続けているのだろう。もうすっかり手に馴染んでいる感じがする。
「貰い物ですよ」
「それもですか。確かあのやたら可愛い灰皿も貰いもんでしょう、あなた貰ってばっかりだな」
「残念ながら女じゃありませんがね」
 副所長さんは先手を打つようにそう言って苦笑いしたけれど、どうだかねえ。
「中嶋さん、私に何か話があったんじゃないんですか?」
「え?」
 俺に横顔を見せたまま、副所長さんは言った。緩みかけていたその表情がまた少し険しいものになった気がしてああ残念だなあと俺は溜め息をついた。
「べつに何もありませんよ、ただ俺も休憩したかっただけで」
 残念だなあ。
 最近ひどく疲れて見える副所長さんには、ちゃんと休憩してもらいたかったのに。



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