副所長さん


 副所長さんは今日も気難しそうな顔をしている。
 あのやたらにこにこしている所長さんがある日突然行方不明になってしまってから副所長さんの顔はたぶん余計に険しくなった。にこにこしているばかりで何をやっているのかいまいち分からなかった所長さんだったけれどもそれなりにいろいろ役目があったのだろう。そしてそれらがきっと全部副所長さんに回ってきてしまったのだ。もういっそのこと副所長さんが所長さんになればいいのに副所長さんはかたくなにそのポジションを守り続けている。どうやらそこは譲れないらしい。

 研究所には喫煙所というものがない。どこもかしこも喫煙オッケーだからだ。俺も喫煙者だからまあありがたいことではあるのだが、昨今の分煙化の流れにはまるで逆らっている。それもまあ、ここの実質的なトップである副所長さん自身がかなりのヘビースモーカーなのだから仕方のない話なのだろう。だれも自分に都合の悪いように仕組みを変えたりはしない。
 そんなヘビースモーカーな副所長さんはもちろん研究室でも煙草を吸っているし、くわえ煙草で廊下を闊歩していたりもする。だがさすがに廊下に灰を落とすわけにもいかないのか、片手には携帯灰皿だ。以前はシンプルな、何かのおまけのようなものだったのが、ある時急にやたらファンシーな、女の子が持ってそうなそれに変わっていた。副所長さんそんな趣味だったんですかと訊いてみたかったがそのままズバリ訊くわけにもいかずそれどうしたんですかと訊くともらったんですという答えが返ってきた。へえ誰にですか女ですか。副所長さんは違いますよと言ったが俺は信じてない。

 生きづらそうにしてるなあ、と副所長さんのしかめっ面を見るたびに思う。どうしてそんな顔をしているのかは分からないけれど、そんなふうにしてたら疲れるんじゃないかなあ。ここはある意味普通の世間では生きづらい奴等のためにあるような場所だと思うのに、そんな中でも生きづらそうにしているだなんて、副所長さんはかわいそうだなあ。
 かわいそうだなあ。
「どうしたんですか、中嶋さん」
 ぼーっと副所長さんを眺めながら俺がそんなようなことを考えていると、俺の視線に気付いたのか副所長さんが怪訝な顔で俺を見た。あなたのことかわいそうだなあて思ってたんですよなどと答えるわけにもいかず、俺はただ別に何でもないですよと答えておいた。



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