尾行


 依頼人とはとりあえず現地で別れ、セイとおシゲさんは通りすがりの近所の住人に聞き込みなどしながら相談所へと戻っていた。
「所長」
 その途中だった。それまで黙ってセイの傍らを歩いていたおシゲさんがふいに口を開いた。
「ん?」
「尾行されています」
「は?」
 思わず後ろを振り返りそうになってセイは慌てて前を向き直した。そのままちょっとおシゲさんの方に顔を寄せて小声で、
「マジ?」
「はい」
 同じく前を向いたままおシゲさんはあっさりとうなずいた。
「へー、いきなり尾行かよ。ちなみにどんな奴?」
「鳩です」
「鳩?」
「はい。先程から我々の後方上空をずっと飛んでいます。まあ恐らくは本物の鳩ではなく鳩に見せかけた何かだと思いますが」
「へー」
「どうもあの現場からずっとつけてきていたようです。気付くのが遅れました。申し訳ありません」
 わずかに頭を下げたおシゲさんにセイはひらひらと手を振った。
「いいって。ていうかよく気付いたよ。普通鳩に尾行されてるとか思わねえだろ」
「どうしますか。撒きますか」
「あー、そうだなあ」
 少し考え込み、やがてセイはにやりと笑みを浮かべた。
「いや、もう今更だし放っとこうぜ。逆にこっちの居場所を教えてやればいい。そしたら向こうさんの方から情報持って来てくれるかもしんねえし?」
 そしてふいに後ろを振り返った。そのまま後ろ向きに歩きながら空を見上げる。
「ああいたいた、あれね。本当だ鳩だよ」
 セイは鳩を見つけると指差して笑った。尾行に気付いたことをわざわざアピールしているようだがおシゲさんも特に何も言わない。
「バーカ!来るなら来てみろってんだ!」
「何やってるんですか。やめなさい」
 すると今度は鳩に向かって中指を立てている。おシゲさんもさすがにあきれてたしなめた。
「なあおシゲさん」
 セイはくるりと前を向き直して、いひひ、とまた心底楽しそうに笑った。
「こいつは面白いことになってきたねえ」



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