依頼人


「暇だー」
 昼下がりの本条相談所。机に突っ伏して所長のセイさんが騒いでいた。まあ確かに暇だけど。暇なのも所長が騒ぐのもいつものことだった。
「もう帰りてえ。ていうか帰る。じゃあな」
「あ、こら、セイ」
 突然がばっと起き上がって本当に帰ろうとする所長をつかまえようとシーナさんが腰を浮かせた時だった。事務所の扉をひかえめにノックする音がした。
「あ、ほら、だれか来たわよセイ。依頼人じゃないの?開けなさいよ」
 ほら、とシーナさんは入口を指差した。
「えー?どうせまた新聞の集金なんじゃねえの?」
「あ、すみません私が出ます」
「いいのよマスミちゃん、ちょうど立ってる人に行かせれば」
 慌てる私にシーナさんはこともなげだった。いや、まあ確かに今ちょうど席を立ってるのは所長だけど。そんな申し訳ないなあと思う私をよそに所長もやれやれといった調子で入口に向かっている。
「はいはいはーい」
 そしてがちゃりと扉を開けると、そこにいたのはいつもの新聞屋さん――ではなかった。
「あの……」
 高校生くらいの女の子だ。もっとも私服姿でこんな時間に来るくらいだから、もしかしたらもう少し上なのかもしれない。
「すみません、ここって……ひょっとして探偵事務所みたいなとこですか?」

   ◇

「あんなキラキラしてる所長、久し振りに見ましたよ」
 出していたお茶を片付けながら私はシーナさんに話しかけた。
「ていうかまともに依頼人来たのも久し振りですよね」
「そうねえ」
 そうなのだ。
 突然ここを訪ねてきた女の子。彼女は久し振りの依頼人だった。どうやら人を捜してほしいらしい。
「確かに、暇だ暇だ言ってたところでの依頼人だものね。そりゃあテンションも上がるわよ」
 ちなみに今所長はおシゲさんを連れてその女の子も一緒に『現場を見てくる』とか言って出かけている。いつもはダラダラしてばかりの所長がまるで別人のようだった。
「そういえばあの子ちょっと可愛い子でしたよね。だからよけいテンションも上がってんじゃないですか?」
「あー、どうかしらねえ」
 ところがシーナさんは苦笑いしていた。あれ?可愛い系は所長のタイプじゃないのかな。
「むしろほら、ちょっと怪事件っぽいじゃない?そのせいもあるかもしれないわよ」
「え?怪事件って?」
「あらやだ、聞いてなかったの?」
 私が首をかしげているとシーナさんは目をまるくした。
「なんか、建物がいきなりまるごと消えてなくなった、みたいな話だったじゃない」



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