お下げ


「せんぱーい」
 机につっぷして半ばうつらうつらしていると、声がして、背中をつつかれた。
「ねえ、涼せんぱーい」
 俺が黙っていると今度は背中を指でぐりぐりされた。
「……千秋ちゃんかな?」
「正解」
 この声は彼女だろうと思って俺が声を出すと、背後で嬉しそうに笑う気配がした。
「ねえ先輩、起きてくださいよ」
 けれども再び背中をつつかれた。俺はただその気配に意識を向ける。
「起きてくださいってばー。でないと」
 くいっと髪が引っ張られた。
「これ、お下げにしちゃいますよ」
 俺は顔を伏せたまま声を立てずに笑った。
「……いいよ」
 別にそれくらい。
「え?ほんとですか?」
 わーい、と呟いた彼女は何やらごそごそやりはじめた。鞄から櫛でも取り出しているのかもしれない。
 俺は体を起こし、首を回した。こき、と微かな音がした。
「涼先輩、髪きれーですよねー」
 俺の髪に彼女が触れた。
「ただ伸ばしてるだけだよ」
 そして俺はまた目を閉じた。



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