メモ
◇一般人(そこ物)
 あたしは、あの研究所があった場所に来ていた。
 そこはすでにただの空き地だ。研究所は移転してしまったそうだ。もっとも、研究所があった頃も、一般人の目をごまかすために、そこに建物があることには気付かれにくいような仕掛けになっていたという。家から一人で行けなくもないような近場にそんな面白いものがあったなんて知らなかった。結局あたしも一般人だってことだ。つまらないことに。
 ふと、何も知らない通行人に声をかけてみたくなった。ねえ知ってましたか?ここには秘密組織のアジトがあったんですよ。
 しばらくぼんやり空き地を眺めて、あたしは歩き出した。別に何かを期待していたわけでもなかったんだけれども、やっぱりなんだか少しだけがっかりしたような気分でその場を離れる。
 その時、声がした。
「ご存じですか?」
 あたしは立ち止まり振り返った。それはちょうどすれ違った人だった。前髪の長い、なんだか胡散臭げな男の人。まるでさっきまでのあたしのように空き地の方を向いている。そして。
「あそこには秘密組織のアジトがあったんですよ」
 えっ?
 それは、さっきあたしがちらっと妄想したのとまるで同じセリフで。
「気になりますか?」
 彼はこちらを向いた。そしてただぽかんとしているあたしに、微笑んで手を差し伸べた。
「連れて行ってあげましょうか」
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