俺と彼女の十日間 八日目






「興味ない…」
「いいからしゃんとしろセフィロス。また睨まれるぞ」
「フン…」

どうせ口から見栄を出すことしかできないくせに、この前ミドガルズオルムを倒すことに成功した俺の相手ができるものか。
不機嫌なときには、彼女の、千夏の顔を思い浮かべる。
そういえば報告することが一つ、もちろん彼女に、だが…。
ついに、彼女の身長を、しかも大幅に越すことができた。
彼女の身長は目測で160無い。
俺の身長は、なんとメキメキ伸びて170を越えて、もう180にも届くのではという域にいる。

あれから背を伸ばすのに効果的な体操やら運動やら食事やら睡眠時間やら何でもかんでも試した。流石に宝条の手は借りなかったが、効果はあったらしく、骨の痛みに喜びを感じながら任務にあたっていた。
筋肉もバランスよくついて、この前は神羅の広告塔にならないかと言われたので、他人から見ても自分はいい方向に成長できているのだろうと感じられた。
武器も自分のリーチに合わせて大きくなり、ついには支給品じゃあ武器の方が耐えられない事案が発生した。
特注した武器…マサムネは自分の手にしっくり馴染み、敵はまるで紙切れ一枚のようにスパスパ切れた。
だからこそ、この前ミドガルズオルム討伐に出たのだ。次は単騎討伐だ。

もうほとんど敵はいない。
これで大丈夫。
これで千夏の隣に並んでも不足はない。

もうすぐまた夏が来る。
彼女の季節。
眩しすぎるサンクチュアリーが。

「セフィロス、早く来い!」

それなのに自分はこんなところで何をしているんだか。
最近、自分の中で嫌いなものトップスリーが決まりつつある。
3位はカエル。
たとえ危険種でなくともアノマ号を使うモンスターを彷彿とさせて寒気がする。
2位は重役会議。
身長とともに実力も手に入れていった結果、兵士の観点から意見を出せと言われるようになり、今では重鎮の一人のような扱いになりつつある…が、正直言って無能ばかりの会議は眠いし暇だしで時間の無駄にしか感じない。

栄えある1位は…



まあ、この方があの…。
この旅はお招きいただいて誠に…。
ほほう、これは素晴らしい。まさしく…。



きらびやかな装飾、見た目も美しい料理の数々、これでもかとめかしこんだ若者から老人までたくさんの人で賑わった会場内。

「セフィロス、笑顔」
「…」

無理強いさせられる表情筋。

今は神羅のパーティ会場にいた。
隣にはアンジール。片手にはなんかいい出来らしいワインの注がれたグラス。
会場で婦人方に笑顔を振りまく猫かぶりのジェネシス。いつもあんな感じだったら俺はあいつとの付き合いを今の五分の一にしていたと思う。何がいいんだか。

今催しているこのパーティは神羅祈念パーティだ。何の祈念だかは忘れた。何かが始まって終わったらしいけど。そこまで重要なものでもなかったし興味もなかったから覚えてない。それでも乗り切れることを褒めてほしいものだ。もちろん、千夏に。

「ああほら、なんか花火やるみたいだぞ、外出ろってさ」
「…」
「あっ、どこ行くんだオイ」
「…トイレ」

ちょっと疲れたし、少し席を外すくらいは許してくれよ、アンジール。
グラスを給仕に返して、足早にメイン会場を出た。人の流れには逆らって。



→→→→



ちょっと目を閉じただけだったんだけどな、まさかこっちに来てるとは思わなかった。

「オニーサン一人?ねえねえ、あたしたちと遊ばない?」

キャピキャピとしたオリエンタルな顔つきの女が、けばい衣装、けばい化粧でこちらに迫ってくるのを、なんでこっちでも味合わなくちゃいけないんだ?
セフィロスは公園のベンチにいた。
ナンパは適当にあしらった。

騒がしい、いかにも祭りらしい騒音が耳に馴染む。
セフィロスは鍛えられた聴力を存分に使い、平和な騒音に耳を傾ける。


きゃああいすがこぼれた。おかあさんまって。さあーつぎのちょうせんしゃはどいつだい。ぼくちゃんとてをつないでね。ねーきんぎょきんぎょほしい。つぎのえんもくは。あいつまだこないの?うわあああんままどこお。ぴあすおとしたあ。
「セフィロス?」
あたらねーよこれさぎじゃねえの。ひどいせっかくさそったのにどたきゃんなんて。わたあめかっちゃった。まいごのおしらせです。かにさされたよお。あのごさいくらいのおとこのこみかけませんでしたか。としがいもなくさわいじゃったよ。


聞き覚えのある声に、勢いよくその声の下方向へと振り返る。
そこにはいた。
一年ぶりでも変わらない容姿でそこに。見たことのない、いつもとは違う不思議な格好をしている。
さっきのナンパと同じ形をした服だ。でも、彼女のものは美しい花がらで。

どおっと入ってくる情報に言葉を失って、突っ立ったままでいても、彼女は何も怒ったりはしない。ただ優しく、

「背ぇ伸びたねぇ」

微笑みかけるのだ。



「よかった、これたんだね。昼間、家出るまでに来るかなと思ったんだけど、来なかったから。すっごく不安だったよ」
「すまない、千夏。自分じゃ選べないからな…」

俺だって、できれば明るいうちから千夏と一緒にいたい。その千夏の着る『ユカタ』とやらを日の高いうちと日が沈んだとき両方で眺めていたいものだ。
いつもは下ろしている髪も綺麗に結い上げられて、首筋が綺麗に…いけない。これ以上は考えるな。

「自分で選べないならしかたなくない?ホラ、まだお祭りの時間始まったばかりなんだから、悲しい顔しないで!」

ああ、俺の気も知らないで。
彼女は無邪気に駆けまわる。
教えてくれ、千夏。キミの中で、俺はまだ年下の不思議な少年なのだろうか。



花火が始まるの。毎年使ってる特等席があるのよ。ちょっと歩くけど、綺麗に見えるの、行ってみない?

彼女の手に引かれるまま、俺は明るく人で賑わったところから離れ、坂道を登り、道中またコンビニに寄ってアイスを買いつつ、小高い丘の上にある小さな公園にやってきていた。
一番背の高い遊具の上に登れば、確かに、花火を打ち上げるらしい川が見えてきた。
だが、まさか彼女も昇るとは。しかも、あの格好で。

「やめておいたほうがいいんじゃないか…?」
「大丈夫!毎年ここで見てるから!」

その格好でか。頼むからやめて欲しい。
先程から足がチラチラと見えていて、その、なんというか。
ため息を付いて、暫く下を向いていれば、上から登って来いと声をかけられる。こっちの気も知らないで!

「早く!はじまっちゃうよ!」
「ああ、今行く」

そう言って、遊具に手をかけたところで空に音と光が上がった。小ぶりながらも、美しい花火が。

「あっ…始まった」

先に登っていた千夏が、その光りに照らされていた。
セフィロスは早くその隣に立ちたくて、遊具にかけた手と、地面を蹴る足に力を込めて、一気に遊具のてっぺんに飛び上がった。

「わ、危ないって」
「平気だ、このくらいは」

こちらを気にしつつも、意識はチラチラと花火に向いている千夏に、座って見ようと持ちかければ、ニッコリと笑ってそうだねと座り込んだ。
とても綺麗だ。花火に照らされて微笑む彼女が。



「ホントはね、二日後にはもっと大きな花火大会があるんだよ。電車に乗って、会場まで見に行くと綺麗なんだけど…」
「だけど?」

花火を見ながら雑談をする彼女が、途中で言いよどんでしまった。
何か悩みがあるようで、だが無理に聞き出して引かれでもするのは嫌なものだから、こちらも口をつぐんでしまう。
少し間が空いただけだったのに、ここで邪魔が入るなんて誰が予想しただろうか。
ここが千夏の前じゃなかったら抜刀していた。

「あれー?斉藤さん!やっぱり来てたんだー!なら誘ってくれりゃあよかったのに!」

妙に明るく元気な声の男がやってきていた。クソ、気配はわかっていたのに、まさかこちらが目当てとは。

「あれー?ナニ?男連れ?あーだから俺の誘い断ったの?」
「梶原クン…こんばんわ」

嫌そうな声だ。顔を見ずともわかる。不機嫌な音をしていた。
男はいかにもチンピラといった風貌をしていて、ジャラジャラと音を立てるアクセサリーがその不快さを増幅させている。

「そっちのヤツ見ないね?どっから来たのよ?友達?それともマジに彼氏な感じなわけ?ただの友達ってんならどうよ千夏ちゃん、これから俺と一緒に見回らない?」
「ッ彼は!そんなんじゃ」

否定しようとした千夏を手を出して黙らせる。今までにそんなことをされた試しがなかったからだろう、千夏はビクリと押し黙った。
威圧するように、セフィロスは立ち上がって、なんでもないようにその高い遊具から飛び降りて、男の前に立つ。
優に180を越しているセフィロスが男の前に立つと、不思議と縮んだのではないかと思えてくるほど、男は萎縮していた。別に彼が特別ちびというわけでもないのに、だ。


「そうだ」
「は?」

セフィロスのいきなりの肯定にその男は素っ頓狂な声を上げる。要領を得ないその発言はまだ終わってはいなかった。

「お前の発言にだ。イエスと言ったんだ。聞こえなかったか?それとも自分の言ったこともわからないのか?」
「セフィロス?ちょっと…」
「俺が!」

ドンドンと膨れ上がるセフィロスの気迫に、怒気に、妬みに、男はすくみ上がるしか無い。あと少しで気を失うのではないかというほど、眼の焦点が震えていた。
さっきまでリズムよく鳴っていた花火の音がいつの間にか止んでいる。
空気を思い切り吸い込んで、溜め込んでいた全てを、吐き出した。



「俺が千夏の恋人だって言ったんだ!」



千夏。
本当にすまない。
こんなその場のノリみたいに言われて。
それなのに顔がこれほど必至なものだからすぐに分かっただろう。
一年こじらせてきたんだ。
伝えようと思っていた。
たとえ夢でも、君が好きだ。
千夏。
夢でいいから、イエスと返してくれないか。


あれから男はみっともない声を上げ、這いつくばりながら逃げ帰っていった。
残されたのは、ばかみたいな大声で告白を果たした俺と、暗闇でもわかるほど顔を真っ赤に染め上げた千夏だけだった。

「…千夏」
「なっ…なに…せ、セフィロス」

顔をそらして、髪をせっせと直すふりをしている千夏は、セフィロスが一歩、また一歩と近づくたびに座る位置をずらして遠のいた。

「千夏」
「だ、だから、なにって…」
「みっともない真似をした。もう一度、真正面から、千夏に言わせてくれないか」

千夏の顔は見るまでもなく、首まで真っ赤だった。
返事ができないのか、それともしたくないのかは分からないが、とにかく口をパクパクとさせて、何かを言いあぐねている。
慌てすぎたのか千夏は今までにない奇行に走った。俺も驚いた。まさか、



「考えさせてェエーーーー!!」



そう花火にも負けない声で俺を突き飛ばして、あの動きにくそうな服からは考えられない速度で公園から飛び出していってしまったのだ。
逃げられた。
任務では逃した獲物などいなかったのに。
いや、これは任務じゃあ無いんだ。失敗があっても…よくないか。
とにかく追いかけなければいけない。
深く息を吐いて…失敗した。


→→→→


夜の公園にかすかに響いていた虫の鳴き声もない。
ここはあのパーティ会場のトイレの個室だった。
しくじった。
この一瞬で帰ってきてしまった!

ああ、なんてことだ。
考えさせてと叫んで消えた千夏の返事を、俺はもう一年またなくてはいけないのだ!
思わず頭を抱えてしまう。苦労が重なってよく頭痛(と胃痛)を引き起こしていたアンジールの気持ちが先にわかってしまうなんて!

これからの一年をどう過ごせばいい。今までの俺はどうやって過ごしてきていた?彼女を考えるたびに苦痛を伴うことになるのだろうか。
ああ、もどかしい。
こんなことではやっていけない。

気持ちが分かり合えたところでアンジールには悪いが、今日のパーティはバックレることにした。
すまない、アンジール。流石に今回のげんこつは避けたりしないだろうから、それでかんべんしてほしい。



後にアンジールはこう語る。

「許すわけ無いだろう、この大馬鹿野郎!」





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