俺と彼女の十日間 七日目






最近見事にハマってしまったものがある。彼女は笑うだろうか。それとも興味を持って、気に入ってくれるだろうか。
ともかく雑誌をパラ読み(ほぼ速読のようなものだが、そのように見えるだけでセフィロスにとってはその速度が普通だった)したことから始まって、使う当てもなかった給料をはたいて購入してしまった。
それが、鉄の馬。

磨かれた漆黒のボディが眩しい。マフラーは鈍く景色を反射している。美しい流線型の車体は風とアドリブでダンスを踊る。

神羅の技術の結晶、その最新型。しかも社員値引きで格安購入。文句無しだ。
アンジールとジェネシスも羨ましがっていた。今度載せてやる約束もした。
そのバイクがまさか、購入して一週間で欠陥が見つかったため回収…なんてことになるとは思いもしなかった。まだ一回しか乗っていないのに。
セフィロスは任務をサボるくらいスネた。

「セフィロス、いい加減出てこい」
「…」
「任務に出ていれば、また給料で買えるさ、機嫌を直せ」
「…」
「…ハア、先に行くからな」

部屋にこもって拗ねるセフィロスをなだめにきたアンジールもここまで粘るセフィロスに流石にお手上げのようで。部屋の前から立ち去っていく気配を感じ取る。
アンジールは今まで一度もセフィロスに勝てた試しがないから、強硬手段に出ても意味が無いとわかっているのだろう。
セフィロスは膝を抱えて小さくなったまま、目を閉じた。

ああ、彼女と会える日はまだなのかな。



→→→→



カラッとした日差し。ミッドガルにはないこの快晴。
どんよりした顔をしたセフィロスにも、その日差しは容赦なく突き刺さっている。
嘘だろ、こんなになってる日が彼女に合える日なのか。
こんな顔を彼女に見せるわけにもいかないだろう。
セフィロスはその日差しを疎ましく思いながら立ち上がった。
ここは…どこだ?
セフィロスが座っていたのはここ数年最初に来ていた住宅街でも、公園でもない。
川沿いの、土手のような。こんなにものどかな風景は初めてで、どうも自分は夢のなかにいるのではと…。
そういえば、これは『夢のなか』のようなものなのだと、再確認した。自分が寝ている間に見えるものなのだから…なにもおかしなことじゃない。

さてこれからどうするべきか。
千夏の家の場所をここから探すのは面倒だ。千夏乃家の窓から見た覚えのある建物もあるにはあるが、目が覚めるまでに見つかるだろうか。
そもそもなんでこんな場所に。
こっちに来るときはいつも千夏の側で…。
そうだ、側なのだ。
ということはつまり、今も千夏がセフィロスの近くにいるということではないのか?きっとこっちに来た時の場所には規則があるのだ。何か千夏に関係する規則が。
セフィロスがそう思って辺りを見回していると、すぐに目当ての人物はやってきた。

「あれー?セフィロス?」

上の方から。一年ぶりの声がする。
勢い良く振り返ってそちらを見れば、やっぱりいた。
一年間変わりのない彼女が…千夏がいた。

「昨日ぶり!」

その眩しい笑顔は、曇天のセフィロスに突き刺さることなく、やさしく降り注いだ。

千夏は乗っていたものから降りて、さっそうと土手の下まで降りてきた。そのままセフィロスと二人、土手に並んで座り込んだ。
にしてもあれは…なんだ?
どことなく、バイクに似ている。けど、どうやら機械仕掛けではなく、人力のもののようだ。

「セフィロス、よかった!会えて!ひどいんだよ、お母さんったら!」

曰く、いまかいまかとセフィロスのことを家で待っていたら、母親に買い物を頼まれてしまったのだとか。
『友達』がくるかもしれない!と講義するものの、ならば来る前にいけ!と言われ家を追い出されたらしい。
頬をふくらませながら愚痴る彼女の言葉に、少し気にかかることがある。

『友達』…か。

なぜだろうか、少し、気にかかったんだ。少しだけ。
なんだか引っかかって、得体が知れないから、顔をしかめてしまう。だがこんな情けない顔をするわけにもいかないだろう。彼女の、千夏のまえで。そんな。

「…セフィロスはなんか、悩みないの?あるでしょ?どんな上司がいる、だとかさ」
「…悩み、か?」
「私はあるよ!わたし、アルバイトしてる先にもクラスの男子がおちょくりに来てね!?もう、眉が寄っちゃって!」

身振り手振りも入れて話す彼女は怒っているのに、どこか楽しげだ。
自分がそんな話をして、大丈夫だろうか。
軟弱だとか、陰湿だとか思われたりは?
何故彼女にだけ、こんな感情が湧くのだろうか。

「だからこの前言ってやったの。レジに来るたびニヤニヤした顔で馴れ馴れしくしないで!って…!あ、いけない、セフィロスの話聞くって言ったばかりなのに。ごめんね」
「いや、おれは…」
「いいのいいの。別にその程度で〜とか言ったりしないし。悩むところって、人それぞれじゃない?」
「…情けなくはないか?」
「ん〜…私は、情けないとか思わないし、迷いとか、弱みをうちあけられる中のほうが格好いいと思う、よ」

あとから、ここの記憶を切り取ってしまいたいと何度も頭を抱えた。
このあとに、千夏が俺の顔を指差しながら、

「へんなの、口開いてるよセフィロス。そんなに驚くこと?」

と笑いながら言うのだ。
流石に羞恥で顔も赤くなるし、うつむいてその顔を隠した。
ああ、これ、羞恥だけじゃあない。
千夏の真正面から、それもすぐ近くからの笑顔で、なんだかとても、こう、心臓がはねた。
そのせいだ、きっと。
だっていつもはこんなことで、いやこんなことを言ってくるような間柄の人間などほとんどいないが、こんなことで顔が赤くなることなんて無いのだから。
これはきっと、彼女のせいだ。

でもそれを安々と言ってしまうわけにもいかない。それこそ、俺の中で情けない男になってしまう、これだけは譲れない。

「じゃあ…はなす。話すから…顔、近い」
「そう?そうかな…まあいっか、セフィロスのお悩み相談室〜」
「そうだな…悩みか…そういえば、最近同僚の…ジェネシスというんだが…」

話をし始めたとき、千夏がすっと立ち上がって、

「忘れてた!」

と土手を駆け上った。
なんだ、話を聞いてくれるのではないのか。
すぐに降りてきた千夏の手の中にはビニール袋が増えていて、その中を漁りながら千夏はまたセフィロスの隣に座り込む。

「アイス買ってたの。少し溶けちゃってるかも…」
「アイスか」

千夏が取り出したのは…カラフルなパッケージだった。
赤や紫、緑など、様々な色の丸いものが描かれている。
袋の上部を手で切り取って、中身を見ればやはり溶けていたらしく、千夏は落胆の声を上げる。

「一応、ドライアイスもらったのに…。はいセフィロス、好きなの取って!」

差し出された袋の中身は、確かに溶けかかって少しとろっとしている。
だが取り出してみればまだひんやりとしていて、口に入れれば砂糖の味がした。
つめたい。
そういえばずっと日差しの下にいたものだから、暑く感じるのも当然だ。今日は帽子をかぶっていないのだから。

「さ、続き話そう?ジェネシス…くん?がどうかしたの?」

クールダウンが終わったから、もう顔は暑くなかった。



「大変だねえ…」
「ああ…流石に堪える」

少しだけ日が傾き始めた頃、千夏がそろそろ帰らねばならないと立ち上がった。買い物の途中で道草をしているのだからなにか言われるだろうなと彼女は苦笑する。
セフィロスも立ち上がるが、どうしすべきかと行動しあぐねる。
千夏に付いて行ってもいいものか、彼女の親には会ったことがなかった。

「なにしてるの?…あ、そっか。セフィロス自転車ないもんね」
「…ん?」
「のってのって〜」

乗る、乗れるのか、こんな小さいものに、二人も。そもそも彼女はそれを二人乗せた状態で動かせるのだろうか。
乗れと言われ示されたのは、明らかに人が乗る部分ではないが、乗れなくはない金属部分。

「…」
「疑ってる?確かにやっちゃいけないことだけど、できなくはないのよ!」
「まて、『やっちゃいけない』とはなんだ」
「きにしないの〜」

セフィロスの懸念も虚しく千夏は自転車に乗り上げ、そして後ろにセフィロスが乗るのをにこにこと待っている。
仕方ない。ここは彼女に従おう。
千夏を真似て、自転車後部にまたがる。

「漕ぎだす時に地面を蹴ってほしいの」
「わかった」

セフィロスも協力したおかげで、自転車はぐらつくこと無くスムーズに進みだした。
夕日が水面に写ってきらめいている。ミッドガルじゃこんな光景は見られないだろう。ここまで澄んだ空気も、ない。

「つかむところなかったら、腰回り掴んどいてね」
「え…」
「どうかした?」

千夏が運転していてよかった。
顔が暑くなっている。また赤くなっているのだろう。千夏は、自分が女性だとわかっているのだろうか…。
ええい、役得だ。

「帰ったら…どうしようか。うち夕飯だけど…」
「俺は…帰ったら朝食だ」
「そっかあ、朝なんだね」

自転車は止まることなく、ゆっくりと進んでいる。この速度なら自分は走っても問題なかったかもしれない。
だがこうして千夏の側にいれることが特典なんだろう。今は無駄なことは言わず、この状態に甘えよう。

「そういえば、明日お祭りなの。セフィロスも行く?」
「祭り?」
「うん。屋台とか…踊りとか。アイスの配布もあるの」
「またアイスか。千夏はアイスが好きなんだな」
「うん。好き。お祭りも好き」
「お祭りというのは何かを祀るのか?」
「ううん、ただ騒いで遊ぶ感じ。そこまで本懐を気にしてる人はいないんじゃないかな…。…それでね、私、セフィロスに来て欲しくて…この前も言ったでしょ?クラスの男子がしつこくて…あれ、セフィロス?」

キキィ、音を立てて止まり、ふりかえるとそこにセフィロスはいなかった。



ふっと息を吐いた。軽く目を閉じた。
その一瞬に、セフィロスは目を覚ましていた。
ああ、彼女がなにか言いかけていたというのに!
にしても祭りか。楽しいのだろうか。彼女と自転車の二人乗りをすることよりも?
とにかく俺は、また一年夏を待たなければならないのだ。一年、たった一年で彼女の記憶は意図も簡単に薄れてしまうのに。一年間も待たなければならない。
はあと寝転んだまま溜息をつくと、ガンガンガンとけたたましい音がドアからした。
なんだ、敵襲か?

「セフィロス!ドアを破るぞ、あと十秒で出てこい、こんなこと俺もしたくないが、あと十秒経って出てこなかったらこのドアを…!」
「うるさい」

敵襲だったが、この敵襲は収められる敵襲だ。
和解しよう。彼女の笑顔に免じて。
アンジールの怒りは、その拳骨を一発、セフィロスが食らうことで収められた。

いつか俺も、バイクの後ろに彼女を乗せて走りたい。
このミッドガルハイウェイもぬけて、荒野もぬけて、彼女と一緒に誰にも邪魔されない場所まで。



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