俺と彼女の十日間 六日目






最近神羅は玩具企業にも手を出したんだとか。
そのPRモデルになれと言われて色々と写真を取られ、試供品をたくさんもらった。
だがどれもすぐにクリアしてしまった。パズルだとか、アクションだとか、ロールプレイングだとか…。
当然飽きもすぐに来て、今は部屋の要らないものケースに投げられている。
思えばチェスもオセロもトランプも。だいたいのもので自分は負けなしのような気がする。この前ジェネシスがチェスで勝負を仕掛けてきたが、ものの数分で勝敗が決まってしまったのを覚えている。
こうも勝ちばかりだと逆につまらない気もする。
ジェネシスがそれでもめげずに挑み続けてくれるのが数少ない救いだろうか。
そうこうしていくうちに季節は過ぎていった。



→→→→



夏が来て、夜が来て、楽しみにしながら就寝して、普通に朝が来てしまうことに不機嫌になることを数回繰り返して、何回目かの就寝。
蝉の声が、きこえた。

シャワシャワ、ジジジジジ…。

瞼の裏に日差しが差し込んで、ああ、この音だ、この暑さだと歓喜しながら、セフィロスは目を覚ます。
この景色は見覚えがある。セフィロスがいたのは千夏の家の前だった。
表札の下にあるインターホンを、恐る恐る鳴らせば、彼女が中から…?
出てこない。
二年前はすぐに出向いたのに…。彼女はもしや、出掛けでもしているのだろうか…?
不安になりかけた頃、ようやく家の奥からばたばたと忙しげな足音が聞こえた。
まもなく、ドアが開いた。
そこには息を切らした彼女が…千夏が立っていた。

「はあ、はあ、やっぱり。セフィロスだった。ごめんね、遅くなっちゃった、上がって!」
「…ああ、ひさしぶり、千夏」

何かをしていたのだろうか、手の中に、見慣れないものがある。白い…なんだ?
靴を脱ぎつつも、セフィロスの視線は千夏の手の中に注がれていた。
その視線には流石の千夏も気づいたようで、その手の中の物を持ち上げて、

「気になる?セフィロスもやる?」

と言った。
セフィロスはおずおずと、その言葉に頷いた。

『K.O―!』
「やったぁ」
「ム…」

『フィニッシュ!』
「えへへ」
「ぐ…」

『タイムアップ!』
「いい感じかも」
「…」

『投了!』
「違うやつにしよっか?」
「いや…」

『ゴール!』
「…」
「…」

『ゲームセット!』
「ごめんね…」
「…ああ」

とことん負けた。負け続けた。
何故だ。やり方もわかってる。画面も目で追えてる。ボタンも間違えてない。プレイングミスもない。なのに、何故。
千夏のことを観察しつつやってみると、彼女も普通にプレイしているではないか。
だが、指の動きが尋常ではない。にこにこしながら画面を見て、だが指先が尋常ではない。
なんだか、

「こ、これ!これやろう、次コレ!きっと勝てるよ!」
「いや」

俄然、

「千夏の一番得意なのを」

殺る気でてきた。

『K.O!』『K.O!』『K.O!』『K.O!』『K.O!』
「ま、まだやる?」
「ああ」

『K.O!』『K.O!』『K.O!』『K.O!』『K.O!』
「他のにしない?」
「いや」

『K.O!』『K.O!』『K.O!』『K.O!』『K.O!』
「楽しいやつあるんだけど…」
「まだ…」

『K.O!』『K.O!』『K.O!』『K.O!』『K.O!』
「休憩する?」
「…いい」

『K.O!』『K.O!』…

『DRAW!』
「あっ」
「!」

久しぶりにケーオー以外の文字が出た。ドロー、つまり引き分け。なんとこれまでに五十六戦五十五敗。やっとこさ出た一引き分け。
長い時間やっていたらしく、明るかった窓の外は夕暮れになっていた。
流石に千夏も手が…指がしびれたらしく、休憩を挟むことにした。
千夏がキッチンから持ってきたのはお茶と…

「…シュークリーム?」
「ちょっと違うのよ、ちょっとね」

シュークリームが二個。俺と、千夏の分。
差し出されて、手に取ると柔らかくなくて、とてもひんやりしている。これはまさか…!

「…アイス?」
「当たり!シューアイスよ」

口に入れて、皮がさくりと破けた。中身からはミルクアイスが出てきて…なかなかイケる。もさもさと食べて、ゆっくりしていると外は既に紫色をしていた。
さあ、続きだ!
…と思ったが、

「お米とがなきゃ」

と言った千夏の声に、流石に一時中断。上がらせてもらっているセフィロスは、せめて手伝わねばと、千夏の後に続いてキッチンに入った。

「手を洗って、このカップにすりきり一杯、最初のお水はすぐに捨ててね、しゃかしゃかかき混ぜればいいから」
「…わかった」

米とぎなど人生で一度もやったことのないセフィロスだが、言われたとおり、かしゅかしゅと手の中で米粒をかき回した。
手にひっついて、少しだけ不快に感じる。

「ああ、もっと、こうやって力込めていいのよ」

そう言った千夏は、セフィロスの後ろから回り込んで手を重ねてきた。セフィロスの手を後ろから掴んだまま、米をかき乱す。
二、三回回ったところで彼女は手を話した。手についた米をなれたように取り払って、他の作業をはじめに離れていく。
セフィロスの心臓は少しだけ早く鳴っていた。

「今日は帰るの遅いのかもね、ここ数日…セフィロスには数年?で一番長く一緒にいるよね」
「そうだな。…少し、嬉しい」
「そうだね、私も嬉しい」

ゲームを再開した。

一戦大体五分。何戦もして、すっかり日も落ちた頃、ついにその文字はセフィロスの目に入り込む。

「…あ、く。ムム…」
「…ふん、ここ!…これで…!」
「そうきたか…じゃあ…」
「ワンパターンだぞ、それはさっきも見た!」
「なにおう、…あっ、ちょ、待って…!」
「待ったは、なしだ!」

ガチャガチャとコントローラの音を立て、二人共前のめりになりながら視線は画面に一直線。これはもうゲームではない、真剣勝負だ―!

『K.O―!YOU WIN!』

その勝利を手にしたのは、セフィロス。ついに八十七戦七十敗十六引き分けの末、ついにもぎ取ったその一勝に、喜びのあまりセフィロスは、軽くではあるが手に持っていたコントローラを床に叩きつけてしまう。
そのことも気づかぬくらいに。
片膝だけついて、ガッツポーズを取ったセフィロスは、大きくはない声で、

「よしっ」

と歓声を上げた。
顔が紅潮して、二人ともなぜか息を切らしていた。こんなにも、白熱するとは。
セフィロスは隣に千夏がいることを思い出して、すごすごと座り直した。だがそんなセフィロスが以外な一面を出したのに、千夏はぼけっと座ってみているだけだった。
その空気に耐え切れず、セフィロスは眉をひそめる。
その顔を見て、千夏はやっとぱちぱちと瞬きをして、口を開いた。

「おっ…めでとう。まだ始めて一日なのに、ここまで上手になるの、すごいね。私に勝てる人、少ないんだよ〜?」
「…そうか。嬉しい」

流石に両親も帰ってくる時間だし、夕飯の準備もしなければならないから、ということでゲームはお開きとなった。
いつ帰る瞬間がきてもいいように、セフィロスは靴を履いておくのを忘れない。流石に靴は持ち帰らねばならない。
そんなセフィロスのために、千夏は玄関に座って帰る時を待つセフィロスの隣に座り込んで小話をしてくれた。

「これがね、ケータイ…スマホ?っていうの。ほら、つついてみて」
「…あっ、動くん、だな」
「そ、で、こっちにフリック…動かすの」

それはどこかPHSに似ているが、そのメインの機能はなく、主に通信や遊びに使われるもののようだ。
千夏がつるつるとセフィロスに動かして見せていたとき、ポン、と軽快な音とともに、千夏が嫌そうな顔をしてきた。

「…また」
「…また、なんだ?」

セフィロスから画面が遠のいて、内容が見えなくなる。千夏はその手の中で、先程セフィロスに動かして見せていた指の速度の何倍もの動きで操作している。流石にゲームの時の動きには劣っていた。
渋い顔をしながら、千夏は応える。

「クラスの男子…」
「…」

セフィロスのこめかみが、ぴくりと反応する。
クラスの?いやそこはいい。男?
何も反応を示さないから、千夏は黙って話を聞く姿勢なんだと思い、話を続けた。

「しつこいの。今度の祭りに何回も誘ってきて…。やんなっちゃう」
「ふぅん…」

千夏が嫌がってるのに、やめないのか。
なんだか、いやなやつだな。
そう考えていたら、すぅ、と身体が軽くなる感じがして。
ああ、帰る時間だ。

「…あ。もう、時間?」
「そう、みたいだな」

手が透けている。これは前にも見た兆候だ。帰る兆候。
これが出たらあと少しでミッドガルにいる俺は目が覚めて、また一年俺は普通の仕事や変な仕事をこなさなくてはいけない。
でも彼女にとっては明日のことだ。
十二時間とちょっとで彼女の前にはまた一年分成長した俺が現れる。
そう、成長するんだ。
きっとこの胸のモヤがなにかわかるくらいには成長して、千夏が近づかれるのを嫌がってるその男をなんでもないようにいなせるくらいに、彼女を背中で守れるくらいに成長してまたこの星に遊びに来るのだ。

「また、あしたね」
「…ああ、また、明日」

待っていてくれる。
彼女は俺のことを。
だから強くなって、キミを守れるようになって帰ってこよう。



そのためにはまず、連勝できるようになって、千夏の背を越さねばなるまい。
そのためにすることは?まずは…



→→→→



ぱち、と目が覚める。
いつもの部屋だ。間違っても閑静な住宅街なんかではない。
着替えて、朝食にして、いつもどおりのメニューや任務をこなすための準備を整える。

「ああ、おはようセフィロス」
「…」

そういえばこいつは…アンジールは俺より背が高いな。
何をすればそうなる?

「アンジール」
「…なんだ?」
「…今朝、何を食べた?」

熱でもあるのか?と返してきたアンジールにファイガをお見舞いして逃げて、俺は図書室で背を伸ばす方法をこれでもかと調べあげた。
どの食べ物がいいとか、どんな運動が良いとか、どの時期に集中させるだとか、睡眠時間だとか。
一週間アンジールに追われながらも、セフィロスは『目標!二メートル』を決定した。



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