俺と彼女の十日間 五日目








「寝る。」

最近、またセフィロスが早く帰るようになった。
去年と同じように、夏になるとあいつは決まって早く帰ってしかも寝る。
その行動が、理解できなかった。

また何か、用があるのだろうか?

ジェネシスも、セフィロスが構ってやらないものだから、その皺寄せも俺にくるわけだ。
…正直言って、早くいつもの行動に戻って欲しい。
いや、そちらも破天荒なことにかわりはないが…。
だが、強硬手段にも出れない。
もともと気まぐれな性格だし、その上3人の中で一番強い。
この神羅カンパニーの中でも、セフィロスに勝てる人間というのは少ないだろう。もしかすれば、もういないかもしれない…。
そんなことから、セフィロスを連れていくことは出来なかった。

「何だってあいつは、こんなことするんだか…。」
「去年と同じか…。何かある、ということだな…。あいつが何かに執着するとは…な。」

アンジールとジェネシスは、首を捻るばかりだった。



→→→→



今日、一番最初に耳に入ったのは蝉の声ではなかった。
確かに、蝉の声は聞こえるものの、それ以上に美しく響く音があった。

笛、だろうか。

セフィロスは千夏を思い浮かべる。
これまでに、この世界でセフィロスに干渉したものは千夏しかない。
この笛も、千夏が吹いているのだろうかと、セフィロスは予想した。
それは正解だったと、すぐにわかることになる。
音のするほうへと走ると、去年訪れた千夏の家がそこにあった。
相変わらず変わりもなく。
無理もない、ここでは一日しか経っていないのだ。
門の前で二階の窓を見ると、千夏の頭が見える。
左右にゆったりと、笛の音に合わせてリズムよく揺れている。
やはり、笛の音は彼女のものだった。
門の前で、じっ、と千夏のいる部屋の窓を見ていたら、千夏もセフィロスに気がついた。
窓が開く。
あ、またワンピース。
千夏はいつも白を基調としたワンピースを着ている。毎年、違う形のものだけれど。いや、彼女にとって、毎日だろうか。

「あがって、セフィロス。玄関開いてるし、今日もお母さんたちいないの。」

それに、まだ地面湿ってるから。

と言って、千夏は窓を閉めた。



→→→→



去年はリビングと風呂場だけだったが、今回は千夏の部屋にセフィロスはあがらせてもらった。
彼女らしい、飾りが少ない。でも、どこか優しい空気を感じた。

「昨日ね、セフィロスが帰ったあともう一回雨降ったの。いま、昼過ぎだけど、2、3時間前かな。あがって、気分が良くて笛吹いてたの。」

コプコプコプ。
千夏はアイスと麦茶をキッチンから持ってきて、今は麦茶をガラスのコップに注いでいる。

「はい、お茶。今日はなにしよっか。」

渡された麦茶を見ながら、少しの間思案に浸る。
こちらでできることなど、セフィロスにはほとんどわからないから、取り敢えず、今さっき興味が湧いたものを口に出した。

「千夏の笛、聴いていたい。」

彼女は微笑んで、いいよと言った。少し頬に赤みがかかって、照れていることがわかるとセフィロスはニヤついた。千夏はそのことにむくれて軽くセフィロスをはたいた。
そしてセフィロスは千夏からアイスをもらった。今日のは初めて見る。紙の器に入ったもの。
彼女曰く、高級なやつ。
やっと出会えた。1日目に彼女が言っていた。ダッツさまとはこれのことだった。

千夏は色々な曲を吹いてくれた。セフィロスが知っているものは一つもなかったが、悪い気はしなかった。
千夏の吹く曲は、どれもゆったりとしたスローテンポのものが多かった。

「千夏は、いつも笛、吹いているのか?」

特に吹ける曲もなくなったので、千夏が座り込んだときに、セフィロスは千夏に聞いた。

「うん、昔から私、飽きっぽい子でね、唯一続けてるのがこれだけなの。押入れとか開けるとね、奥から昔やってたものとか、いっぱい出てくるのよ、それもすごい量でね…!」

千夏は呆れちゃうでしょ、と言った。
フルートだけ、何故か飽きずに続けて来ていると自慢気に話す彼女の笑顔に、自分も釣られ、つい微笑んだ。

「…俺は、それでも凄いと思う。俺は、まず興味を持ったものがあまり無かったからな…。」

思えば、何かにつけてもただ知識としてしか見たことがない。
多才ではあるが、セフィロスの中身は空虚であった。
だが、そんな考えは千夏によって覆された。

「ええ?本当にそうかしら。」

千夏は戯けたように笑った。
驚くようにセフィロスが千夏の顔を見ると、彼女はセフィロスの顔を見て、にやりと笑ってみせた。顔を近づけて、

「私に興味、持ってるでしょ?」

一瞬、本当に一瞬だけセフィロスは動揺した。
心臓を鷲掴みにされるような感覚がして、すこし身体がぐらついた。
だが、神羅が誇るソルジャー研究の中心にいる彼は、そのことを一般人である千夏に悟られるような真似はしなかった。

「…千夏に?」
「だって、セフィロス。ここ最近、いつも私と遊んでくれるでしょう?真っ先に、わたしに会いに来てくれる。」

千夏はゆっくりとセフィロスの側に座った。
なにやら、彼女の纏う空気が少しずっしりとした気がする。そんな雰囲気をもって、彼女は獲物を狙う動物のように、じんわりとセフィロスとの距離を詰めた。
まず手をついて、次に膝が床にゆっくりと降ろされる。足を揃えて畳み込むと、両手をセフィロスの前についた。
その所作の一つ一つに心臓が掴まれるかのような錯覚に陥る。

「私が遊ばれてるのも、おかしいか。私の方が年上だものね!」

空気が軽くなった。
セフィロスはふ、と息を吐く。
千夏はというと、特に気にした様子もない、自分の方が年上だと言い、胸をはっている。
…中々、大きい。
じゃなくて。この考えは隠し通そう。

「そういえばセフィロス、何才になるの?聞いたことがなかったわ。」

ふいに振られた質問に、声が震えなかったろうかと、セフィロスは焦る。落ち着いて答えた。
セフィロスも、まさかどもって、何を考えていたのかと聞かれ、ムネに見惚れていましたなどとは言える年頃ではなかった。

「ああ…たしか、今年で…12才だ。」
「12かぁ、私はえっとね…17歳!まぁ、今はね、今は。今年で18になるの。誕生日は?」

次の質問には、すぐに答えられなかった。
つい、俯いてしまう。
セフィロスは、自身の生まれ年は知っているが、誕生日は知らなかった。
必要がなかったのだ。
すぐに答えられずにいると、彼女は顔を曇らせた。

「…知らない、んだ。」

彼女はどうするんだろうかと、セフィロスは千夏の顔を伺った。
すると、彼女の顔がセフィロスの目に入る前に、頭に手を置かれた。
そしてその手は、少し千夏らしくはない乱雑さで、頭の上を往復した。
撫でられているのだ。

「…きっと誰か知ってるわ。帰ったら、探して見たらどうかな。次に来た時に教えてね、祝ってあげる。」
「…ああ、…ありが、とう。」

礼を言えば、千夏はにこりと嬉しそうな顔をした。
頭から手を離して、押入れを探り始めた。
千夏は中から、大きめの箱を取り出して来た。

「興味あるもの、あるかな?」

先ほど言っていた、彼女が飽きてしまったものたちだった。
使用用途がわかるものから、何に使うのか検討もつかないものまで、沢山入っていた。
ただの石ころも入っていた。

「わたしにはもういらないから、セフィロスにあげる。全部欲しかったら、全部あげる。ね?」

そう言って彼女はガラクタ箱の中におもむろに手を突っ込み、可愛らしいステッキを取り出してくるくると軽く回して見せた。

「これが『自分』!って言えるもの、探そう!」
「…そうだな、ありがとう、千夏。」

だが、流石にその可愛らしいステッキを受け取るのは、やめておいた。



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