俺と彼女の十日間 四日目






「セフィロス!」

廊下の先を行くセフィロスを、呼び止めるものがいた。
あれからまた一年。暑い夏は無情にもセフィロスのもとを訪れる。

「アンジールか」
「アンジールか、じゃない!報告、しにいかないとダメだろう!」
「書類で出せばいいだろう、直に行くのはお前とジェネシスで行けばいい。俺は戻る」

アンジールと呼ばれた少年は、セフィロスと同じように神羅カンパニーでソルジャーとして共に戦う仲間であり、友人であった。
温厚だが自他ともに厳しい。そんな頼り甲斐のあるところがセフィロスも気に入っていた。
いつもならば面倒臭がりつつも仕方なさそうに仕事に戻るが、何故かセフィロスは冷たく突き放す。
セフィロスはそのまま、エレベーターへと素早く移動し、消えてしまった。
アンジールはため息をつき、ぽりぽりと頭を掻いた。

「なんだ、逃げられたのか?」
「ジェネシス」

セフィロスを追おうとするも逃げられてしまい、途方にくれていたアンジールの後ろから話しかけて来た茶髪の少年、ジェネシスと呼ばれていた彼もまた、セフィロスやアンジールの仲間であり、友人であった。

「ああ、また逃げられた。なんだか最近はいつもそうだな。機嫌が悪いのか…何かあったか?」
「俺もだ。あいつは最近、いつもすぐ帰ってしまう。手合わせもしてくれん」

アンジールとジェネシスは、セフィロスを追うことを諦め、報告をするため道を戻ることにした。

「いつからだ?あいつがすぐに帰るようになったのは…」
「さぁ…。夏の初めくらい、だったかな」

ジェネシスの言った言葉で、アンジールが考え込んでしまい、会話が途切れてしまった。
ジェネシスは早急にセフィロス帰宅事件を頭の中でどうでもいいの部類にいれ、会話を切り替えた。

「アンジール、今度の休み、街で劇でも見に行こう。最近、面白いと思うものがあったんだ」

またかとアンジールはため息をつく。
夏の中間。
またあの世界を、セフィロスは探していた。
夏になれば、何回も、何回も。

「あいつは今日もか?」
「ああ…今日も。すぐ帰ったさ」
「何をしてるのか、とか。聞いたりは?」
「…寝る。…とだけ、言って消えた」
「…は?」

まだ7時だぞ?夜のだけど。

夏の陽は、まだ傾いたばかりであった。



→→→→



ジークジークジーク。
しゃわしゃわしゃわわわわ。

蝉がないている。
セフィロスは瞼をあげた。
一年ぶりの夏の日は、何だか少し曇り気味だった。
セフィロスは、また千夏の家の前に来ていた。彼女が出てくるまで待つべきだろうか。
雨が降りそうだなと、じっと空を見上げていると、ぽつ、ぽつと、頬にものが当たり始めた。雨だ。
物の数分で、雨は強くなった。
セフィロスはインターホンを押すのをためらっていたが、強い葛藤の末、押すことにした。
ピンポーンという可愛らしい音が鳴ると、なにやらどたどたと急ぐ音が聞こえた。

「はい、なんでしょう?」

出て来たのは、千夏だった。
千夏は濡れ鼠になったセフィロスを見て、少し驚いていた。

「わっ、セフィ!びしょびしょだね。もしかしてずっとそこにいた?…上がりなよ、予報じゃ今日はもう夜中まで降ってるらしいから」

千夏は、さも当たり前のようにセフィロスを招き入れた。
玄関で待機するようセフィロスに言い、一分と待たず戻ってきた彼女の手には、バスタオルがあった。
拭けという意味だろう。
セフィロスはありがたくバスタオルを拝借した。

「わ、服も結構濡れてるね。…お風呂はいる?服お父さんのしかないけど…」

セフィロスは最初断ったものの、こんな濡れた状態で千夏の家にいるのもいけないことだと考え、結局は風呂を借りることにした。

「お風呂は同じかな。たぶん使えるでしょ。はい、これお父さんのTシャツ。よれよれだけど、気にしないで」

ほほえんで。
彼女は扉を閉めて行った。
セフィロスは、シャワーを浴びてさっさと出ようと心に決めた。彼女との、時間は無駄にできない。



「セフィロス、髪伸びたね。もうわたしより長いくらい?綺麗でいいね」

風呂からでたあと、セフィロスは千夏から棒アイスをもらった。白くて、爽やかな甘さの。彼女も慣れたようにシャクシャクと食べきった。
セフィロスがアイスを食べていると、千夏がセフィロスの髪を羨ましそうに見ていた。
どうやらその銀糸が気に入ったらしく、ブオォ、とドライヤーをかける彼女はとても楽しそうだった。
何度も何度も撫でられる髪がこそばゆい。

「千夏は伸ばさないのか?髪…」
「わたしはね、このくらいが楽だから。シャンプー代もかからないし」

鼻歌を歌っているところに話しかけても、彼女はちゃんと返事をした。
セフィロスは、ドライヤーの温風と彼女の鼻歌に心地よさを感じ、だんだんうとうととし始めていた。

「セフィロスは、どうして髪を伸ばしてるの?」

ふと、聞かれたことに、セフィロスは答えることを躊躇した。
言っていいものか、彼女は聞いたらどんな顔をするのか。
だが、沈黙し続けるわけにもいかず、セフィロスは答えた。

「敵に、見つかりやすいんだ。…この色は、珍しいから…」
「敵に?」
「そう、敵だ。モンスターとか、人間もそうだ」

ああ、と、彼女は理解した。
彼、セフィロスの仕事を。
以前話していたのを思い出しす。
魔物の討伐や"シンラ"に反する者の粛正を与える。彼の"任務"を、彼女は知っていた。
そして彼の人生の大半が、それで埋まっていること。
この美しい銀糸は、他でもない任務の為の囮に過ぎなかった。

「そっ…かぁ…。もったいないね」
「もったいない?」

セフィロスは振り向き、千夏を見た。
当然の如く、千夏の手の中にあった銀糸はさらさらとすり抜けて行く。
櫛になっていた彼女の手に、引っかかることもなかった。

「うん、もったいない。こんなに、綺麗なのにね。私、セフィロスの髪すきだよ?」

セフィロスが振り向き、見た彼女の顔は少し悲しそうだった。
ゆっくりと手を動かし、落ちたセフィロスの髪を拾う。
その手の中で、髪はさらさらと弄られる。
弄くったあと、セフィロスの頭をくりんと前へ向かせた。

「短い髪のセフィロスも良かったのになあ」
「そうか?」

セフィロスはまた前を向き、自身の髪を千夏の手に預け、乾かしていた。
振り向こうとしたら、今度は「前を向いていて!」と怒られてしまった。

「髪を切れる、ってことはあなたがもう戦わなくていいってことでしょ?今がダメとかじゃないけど、小さい頃のあなたも素敵だったから」

言われてみて、セフィロスは始めて気づいた。

そうか、髪が今、そういう用途で存在するのなら、短くしたときの意味は、そういうことになるのか。

優しさで包まれている。
セフィロスは少しづつ、千夏のことが好きになっていくのを感じた。
誰もセフィロスにこんなことを聞いたりはしない。その特別さに、セフィロスは惹かれているのだった。

「よし、乾いたよ。ついでに、外も乾いた?かも」

見れば、窓の外は雨が止んでいて、雲の隙間からは光が差し込んでいた。
セフィロスは結局、千夏の家に風呂に入りにきただけになってしまっていた。

「そろそろ、目が覚めるみたいだ、千夏」
「そうなの?もう帰るの?」
「たぶん。目が覚めると思う」

ドライヤーをおいて30分は経った時だった。
セフィロスの頭は、あれから千夏のおもちゃにされていた。
さらさらとした銀髪が見ているだけで楽しいらしく、子供のような笑顔を浮かべる彼女に勝てず、セフィロスは自身の髪を売った。
今、セフィロスの髪は綺麗な三つ編みにまとめられていた。
次はツインテールね!と言った彼女の手をつかむ。彼女は息を呑んだ。
自分をつかむ手は、透けていた。

「そっか…。また、明日ね。セフィロス」
「…ああ、また、来年」
「うん…。そうだ、セフィロス、昨日はメモをありがとう」

最後に微笑みあって、二人は別れを告げた。
千夏が目を閉じたら、セフィロスは消えていた。

「あ…。服、忘れて行っちゃった」



→→→→



…ロス、…ィロス…!
寝ているのに、誰かが起こそうとする声がする。
正直、うるさい。
また一年待たなくては行けないのに、千夏と会えた思い出に浸っていたいのに。
セフィロスはそう思いながら狸寝入りを続ける。

「いい加減起きろ!狸寝入りをやめろ!セフィロス!!」
「!!」

どすっ。
セフィロスは、見事にベッドから落ちた。
アンジールが布団を剥いだのだ。

「何をする…、アンジール」
「何をするじゃない、報告書だ、今日こそは書いてもらう!」

セフィロスはまだ、床に転がったまま答えた。

「わかった」
「え…そ、そうか!よし、じゃ行くか。…どうしたんだ、最近は何に誘っても断ってたのに…」

セフィロスはゆっくりと起き上がる。服についた埃をはらってアンジールに向き直った。

「いいんだ」
「…?」

セフィロスの顔は、さっき別れたときの仏頂面ではなかった。
何かやり切ったような、清々しい顔になっていた。

「用事が終わったから、大丈夫だ」
「…?…そうか…じゃ、行くぞ。ジェネシスも待ってる」

自室をでたとき、セフィロスの横を歩くアンジールはあることに気づいた。

「セフィロス、もう風呂に入ったのか?…これ、支給品のシャンプーの匂いじゃないな…」

セフィロスは、気のせいだ、と返した。

「それに、三つ編みなんて…。お前、出来たか?それになんだそのよれよれの…?」

こればっかりは、セフィロスも無言で誤魔化した。



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