俺と彼女の十日間 三日目








あれからまた一年、セフィロスは十歳になった。十歳になってすぐに、任務につくようになった。
魔物の討伐が主な内容だった。
毎日、毎日魔物を切って捨て切って捨て。
たまに魔物以外のものも切った。
そんなことを続け、一年が過ぎ、また、暑い夏がやってきた。

今日もまた、一閃と共に魔物の悲痛な雄叫びが上がる。
すぐにそれは翡翠色の光に包まれ跡形もなく消えた。
魔物を切った刀身には、べったりと赤い血がこびりついていたが、それは刀の主による一振りにより空気を着る音と共に落とされた。

「任務完了だ。」

空にはまだ橙色の光は映されていなかった。
夏になると、セフィロスの仕事が速くなる、と噂されていた。
本人は、無意識のうちに夏は急いで自室のベットに戻りさっさと寝るとこを目的としていた。
他ならぬ、彼女に会うため。

そろそろだろうか?

セフィロスは、足速に帰還のヘリに乗りこんだ。

また会えるだろうか?

やがてヘリが宙に浮き始める。
だが、最新鋭のそれすらも、セフィロスには遅く感じていた。

―――千夏。

空は、端の部分に色がつき始めていた。
セフィロスは、ミッドガルに着くまでの少しの間、目を閉じることにした。



→→→→



しゃわしゃわしゃわ。
うぃーよん、うぃーよん。

活気のある蝉の音に、その目を開いた。
それは、ミッドガルとは全く違う景色。よもやヘリの中ではあるまい。
雲がほとんどない青空、遠くで揺らめき立つ陽炎、ミッドガルには無い草木。
そう、そこは千夏と会った世界。

ーーー千夏!!

セフィロスは、感極まり、無意識の内に心の中で千夏を呼んだ。
だが、そこで問題に気づいた。
いつもの場所ではない。
並木道のある公園ではなかった。
一言で言うなら、そう。

"閑静な住宅街"。

あの公園と、公園から近くのコンビニまでの道のりしか知らないセフィロスは、凄く焦った。

あの、公園にいかなくては…!

セフィロスはあたりをキョロキョロと見回した。
見回しても、入るのは知らない景色ばかりであった。
目の前の家の表札を見ると、そこには"斉藤"と書かれていた。

…斉藤?

「いってきまぁーす。」

セフィロスが、覚えのあるその表札の名前に、小さな可能性を考えた瞬間、玄関の戸が開いた。

「あっつ…。あ!セフィロス…!」

セフィロスの考えた可能性、それは、彼女、千夏の家がここなのではないかということだった。
その可能性は、見事に的中した。

すぐに千夏は何かを思いついたように家の中へ舞い戻ってしまった。
何か変なことをしただろうか、と思っていたが、一分経ってすぐ戻ってきた。
その手には、黒いキャップ。
その手は流れるようにセフィロスの頭に帽子を乗せた。

「熱中症対策。昨日ぶり?一年ぶり?ともかく、また会えたね、セフィロス。」

彼女はまた、快くセフィロスを迎えた。
セフィロスは、それを密かに喜んだ。



→→→→



「と、いうわけで、図書館です。」

前回、セフィロスは千夏に知識を求めた。
その結果、図書館でいっぱい教えちゃおう作戦とやらが決行された。
そういうわけで、セフィロスたちは街の図書館にやってきていた。

「文字は?読める?読めない?」
「読める。」
「そっかぁ、文字、同じなんだね。フシギ。」

好きに見てきてもいい。
と言われたので、セフィロスは色々な棚を行き来して、数十冊の本を持って、席についた。
千夏も本を持ってきてとなりで読んでいた。
セフィロスも、早速本を読み始めた。

しばらく、ページをめくる音しかしなかった。
セフィロスは大人もびっくりな速度で読み進めていた。
実際、司書や学校の課題とやらで来ている学生たちは驚いたような目でセフィロスを見た。
読み終わって、全て戻して、また沢山本を持ってくる。
わからないところは、千夏を呼ぶと、すぐに手伝ってくれた。
何もしていなくても、そこに千夏がいるということが心地よかった。今日は時間の進みがとても緩慢なものに感じられた。
だがその作業の繰り返しの中で唐突に、静寂を切り裂いたのは、

ぐるるぅ…。

千夏の腹の虫の音だった。

「…。」
「…。」
「…お腹空いたね?」
「…そうか?」
「…何か、食べない?」
「…いいぞ。」

顔を真っ赤にして『おねがい』する千夏に負けて、セフィロスは本を閉じる。
こうして、二人が図書館に篭ってから3時間とちょっと。
二人はやっと、まともに会話と行動をすることになった。



→→→→



「今日は、おにぎりも買おっか。ね、セフィロス。」
「わかった。」

おにぎり。
千夏は、セフィロスの世界にもそれがあると聞いて、おにぎりと決めたようだった。
そんな気遣いに、セフィロスは心地よさを感じた。

「セフィはツナマヨ、私もツナマヨ。いい?」
「かまわない。」

それが何味なのかわからないが、千夏が選ぶなら大丈夫だろうと考えたセフィロスがそう返すと、何故か千夏は不満そうな顔をした。
セフィロスは、何故そんな顔をするのか皆目検討もつかない。ので、セフィロスも不思議そうな顔をしてしまった。

「もっと、こっちがいい!とか。言ってもいいのに…。」
「そう…なのか。」

セフィロスは今まで、渡されたものを貰うだけ。使うだけ。食べるだけの生活しか送っていなかった。
そのせいか、物に無欲となってしまったのかもしれない。
だからこの場でも千夏に身を任せるままだった。

「じゃ…何が、いいだろう。」

千夏に言われて、セフィロスは始めて、自分で決めることにした。

「おすすめ?は、…ツナマヨ。」
「じゃ、それがいい。」
「…ふふ、結局ツナマヨになっちゃったね。」

彼女の困ったような笑顔につられ、セフィロスもかすかに微笑んだ。

「レジ行こっか。」
「わかった。」

千夏は、最後にクーラーボックスのところでひとつ、アイスを選んでいた。
今日のアイスは、なんだろうか。

やっぱりツナマヨ好きだなぁ。

と、もさもさとおにぎりを頬張りながら千夏は言った。
セフィロスも、千夏に包装の解き方を教わって、おにぎりを頬張っていた。
感想としては、レーションにしたら最高かもしれない。とセフィロスは思っていた。
千夏が先に食べ終わり、セフィロスに会話を持ちかけた。

「セフィロスって、優柔不断?」
「…そう、なのか?」

いきなり聞かれたことに驚いたセフィロスは、質問で返答してしまった。
任務では、判断が早いことにも評価を受けたのに。

「セフィロスのことでしょ?私はわからないよ。」
「あ、ああ…優柔不断、か…。そうかもな…やはり、いけないことだろうか…?」

すぐに決められないというのは、やはり彼女は嫌いだろうか。
つい千夏に答えを求めてしまったセフィロスは、心の奥で危惧し始める。

「んん、悩むことはいーことだよね。いい方向に進もうとしてるんだから。優柔不断のゆうは優しいのゆうだよ。」

真実は違うが、自分に賛成してくれることに、セフィロスは嬉しさを感じ、薄く微笑んだ。
千夏もつられて、小さく笑った。

「…ありがとう。」
「うふ。さ、アイス食べよう。今日のはお気に入りなんだから!」
「…お気に入り…?おいしい、のか…?」
「ただのアイスモナカよ。チョコ入りの。」

小腹と心を満たした、暑い昼下がりは終わった。



うつら、うつら。
千夏は今、眠くなってきたせいで見ていて滑る文章と必死に戦っていた。
セフィロスは、気づかずにページをめくる。
図書館の、適度な冷房が千夏を眠りへ誘い始める…。
数分とたたず、千夏はうたたねを始めることとなった。
そのすぅ、すぅという寝息に、セフィロスは気づく。

「千夏…?」

それともう一つ、気づいたことがあった。
千夏の方を揺らそうとしたセフィロス自身の手が、透けていた。
それはおそらく、帰還の兆し。
セフィロスは、急いで出してきていた本を元の棚へと戻した。
そして、机に置いてあったメモ用紙を一枚、頂戴してサラサラと書き殴る。
本当は、千夏に別れを告げたいが、セフィロスは起こすことをためらった。
千夏が、あまりにも気持ち良さそうに寝息を立てるものだから。
なので、メモで書き置きをすることにした。
書き終わったメモを、千夏が借りてきていた本の下に挟んだ。
最後に、セフィロスは眠る千夏の顔を覗き込む。幸せそうとはこのことを言うのだろう。思わず頬の筋肉が緩む。なんだろう、こっちまで微笑むこの感じは。
その感情が、何だかわからずにこれから一年悩むとは、セフィロスもこの時は思わなかった。
そして一言、

「また…あした。」

彼女にとって一日。
彼にとっては一年の、長くも短い期間を経て、またくる逢瀬を待ちながら。
セフィロスは目を閉じた。



× ×


Back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -