そういえば、名前、聞いてない。
セフィロスが、あの不思議な夢とも言えないような夢を見てから、もう一年が経とうとしていた。
ミッドガルにも、暑い夏が再来していた。
あれから一度も、彼女が夢に出てくることはなかった。
あの赤いキャップは、今も大切にしまってある。
何度か、処分されそうになったが、毎回取り戻した。
捨てたくなかったのだ。
彼女と会えたという繋がりは、あの赤いキャップしかない。
彼女を忘れたくなかったのだ。
あつい。
ミッドガルはコンクリートやアスファルト、鉄筋などが大体で出来ていた。
それに加え、地表より高い位置にある。
暑いのは当たり前だった。
あつい。
彼女と食べた、あの氷菓子が恋しい。
セフィロスは、いわゆる「アイス食べたい」の状態にあった。
→→→→
疲れた。
自室についたとたん、セフィロスの身体にどっと疲れが押し寄せた。
ソルジャーになると体温調節も可能になると言っても、流石にこの暑さの中での訓練はキツかった。
疲れた。あつい。
汗のついたままでいるのも嫌なので、シャワーを軽く浴びた。
それでも、
疲れた、あつい…。
いままで誰もいなかった自室は、むわっとした空気が充満していた。
空調をつけても、未だ暑い。
すぐには涼しくならない…。
セフィロスは、ふと、ベッドサイドに置いておいたキャップを見る。
ああ、あの氷菓子が食べたい。
ぼんやりとそんなことを考えながら、髪も乾かさずに、セフィロスはベットに倒れこんだ。
シーツが湿るだろうとかは、考えないことにした。
→→→→
うぃーん、うぃんうぃんうぃん。
じーじーじーじじっ。
うるさい。とても、五月蝿い。
疲れて寝てるのに、なんてうるさい。
セミだ。セミの声。セミの…?
急いで目を開ければ、そこは一年ぶりの景色だった。
彼女と出会った、あの場所。
日のあたりの良い、並木道。
これには、流石のセフィロスも驚いた。
一年経って、またこの場所に来れるとは、思いもしなかった。
だが、彼女はここにまたいるのだろうか。また会えるのか。
そういえば、あのキャップを持って来ていない。返したいのに。
彼女に会いたい。名前を、名前を知りたい。
たくさんの想いが、セフィロスの脳内を駆け巡る。
日照りの下で、何分も考えこむ。
だんだん、暑くなってくる。
セフィロスは、去年とは違い、ちゃんと日陰に入ることにした。
どうすれば会えるのか。
そうだ。彼女がいそうなのはどこだろう…?…だめだ。彼女のことは、まだ何も知らないんだ。
まだ何も知らない。なのに、彼女に惹かれる。
でも、年上だ。彼女は恐らく、セフィロスよりも。
セフィロスの頭の中は関係のないことばかりよぎるだけだった。
もうすでに熱中症になったのだろうか?
いつ戻るかわからないのに何もすることが出来なくて、セフィロスはうな垂れていた。
そのとき。
「…少年?」
セフィロスの前に現れたのは、一年前と変わらぬ姿の、あの人であった。変わっているのは、服装だけ。
「あ…」
「もう、びっくりした。『昨日』、いきなりいなくなるんだもん。人攫いでも出たかと思って…でもよかった。またここにいるかな、と思ったら、本当にいた」
ゆっくりと、ゆったりと彼女はかく語る。
ん?今なんと言ったろうか。昨日?
確かめる暇も無く彼女はゆったり話し続ける。止める気にはなれなかった。
そして最後に、ふわりと微笑んだ。
「…ごめん。…それに、帽子、おいてきてしまった…」
うまく、言葉を出せなかった。
不思議なことを聞いてしまったのもあるが、返そうと思っていたものを返せないことに落ち込み、俯いていると、彼女はまた一年前と同じようにセフィロスと同じ目線の高さまでしゃがみ、別にいいよ、と頭を撫でた。
だが、彼女は微笑みながら撫でていたのに、眉をひそめた。
笑顔が消え、ん?なにかおかしいな?という顔をする。
何かおかしなことがあるだろうか。
その謎は、すぐに解明された。
「背…伸びた…?だいぶ…」
幼い子供の身長とは、恐ろしく速く伸びるものであった。
そして、セフィロスにとっては一年ぶりであろうと、彼女にとっては、昨日の出来事だった。
→→→→
「一年ぶり、か…」
セフィロスは、自分がミッドガルに居たはずなこと、寝たらここに来ていたこと、そしてここに来るのは一年ぶりなこと、すべてを話した。
セフィロスの話を真摯に聞いてくれた彼女は、頭を軽くぽりぽりと掻いた。
子供のこんな話を信じてくれるとは思ってはいなかったが、信じることにしてくれたらしい。
なにより、セフィロスの伸びまくった身長が、信じるしか道がないことを示していた。
「聞いても、いいか…?ふたつ…」
唐突に、セフィロスが質問をした。
彼女は拒むことをしなかった。
「俺は、ミッドガル…というところ、に住んでいるんだ。…ここは、なんてところなんだ…?」
セフィロスは、まずそれを聞きたかった。
できれば、彼女と夢の中だけでなく、現実で逢ってみたい。
彼女のいる、ここはどこなんだろうか?
「ここ?ここは日本の埼玉県は端っこ付近なの。んー、私は、キミの、あー…えっと、ミッドガル?そう、ミッドガル。そこの場所を聞いたことがないな…。国名?それとも地名?」
ミッドガルはミッドガル。
そもそも、国ではなかった。
セフィロスは、首をふるふると振った。
「国名ないの?え、近隣諸国は…?ないの…?」
たった一つ、ウータイという国があるだけだった。
なので、セフィロスは素直にそれを言った。
「え…じゃ…それじゃ…どこから来たの…?国が二つしか無いなんて、そしたら…」
それ、地球上に存在しないかも。
セフィロスは、"地球"という言葉に首を傾げ、"存在しない"という言葉に、驚くことになった。
あの後、その話、本当なの?
と聞かれ、狂言だと思われないための証拠をあたふたと探した。
そうして取り出したものは、"マテリア"。
魔法を使うための、宝玉。
取り出したとき、彼女は"…ビー玉?"と言った。思わず吹き出してしまった。
「…ファイア」
ボゥッ!
と、力を抑えて炎を出してみる。
彼女の世界に、"マテリア"はあるかと聞いたとき、ないと答えられたので、この偶然持って来ていたマテリアの力を見せてみた。
「これが、"マテリア"」
彼女と顔は、ぽかんとしていた。
セフィロスの手の中にある、マテリアを凝視して。
ダメだったのだろうか、もしかして、この世界ではないことなのだろうか、俺はもしかして、この後どうかされてしまうのだろうか、など色々な考えが頭をよぎる。
が、そんなことは杞憂に終わった。
「すっ…ごい。火が出た…」
彼女は現れた炎を見て、目を輝かせていた。
「わぁ、すご、すごい!これ、現実!?夢じゃない?わぁ…!」
セフィロスの手にある炎に手をかざしたりして、彼女は嬉しそうにはしゃいでいる。
そして、いきなりセフィロスに抱きついてきた。
「すごい、すごいよ、ねぇ!あ…そういえば!名前、名前なんていうの?」
セフィロスは抱きつかれたことに驚きつつも、しっかりと答えた。
「おれ、は…セフィロス。」
「セフィロス!セフィロス…。いい名前ね、やっぱり外国人っぽい名前なのね。名前で呼んでも…いい?」
"いきなり"のことが多すぎて、セフィロスは驚きっぱなしだった。
セフィロスは、名前で呼ばれることがあまり好きではなかった。
だが、彼女に呼ばれたときは不思議と嫌な感じや、馴れ馴れしいという感情は、生まれてこなかった。
セフィロスは頷いた。
「セフィ、セフィロス!すごいよ!本当に魔法があるなんて、セフィロスのこと、セフィロスの世界のこと、もっと教えてほしい!」
彼女は興奮気味に、セフィロスに質問をした。
どんな生活を送っているか、どんな街並みか、どんな文化があるのか。その他にも、色々なことを聞いてきた。
その中で、セフィロスがまだ2つ目の質問をしていないことを思い出す。
「そういえば、ごめん、セフィロスの2つ目の質問は?」
自分ばかりが質問していたことに、恥じらいながら彼女は聞いてきた。
セフィロスも、忘れかけていたところであった。
「…お前の、名前は?」
聞かれた彼女は、一瞬きょとんとした顔になってから、そういえば、自己紹介していなかったね、とこれまた恥じらいながら名前を言った。
「私は、斉藤千夏。あのね、千夏が名前なの。斉藤は苗字。よろしくね、セフィロス」
「あぁ、よろしく、千夏」
→→→→
彼女、千夏は、セフィロスのことを妖精のようだと言った。
突然現れ、そして消える。
加えて奇跡のような力をもつ。
まるでこの世のものではない、美しさがあると。
聞いていて照れるし、言った本人も照れるようなことだったが、セフィロスはそれを嬉しく思った。
長い間、木陰で話をしていた。
ので、流石に暑くなってきた。
季節は変わらず、真夏であった。
千夏が、アイスを食べようか、と言った。
俺は、一年ぶりのアイスに、心踊らせた。
千夏にとっては昨日も来ていたが、セフィロスにとっては一年ぶり。
だが、それは変わらずにそこにあった。
「ふぁ〜涼し〜」
「…そうだな」
久しぶりの、この冷気。
懐かしい感覚がした。
「アイス、アイスは〜…昨日とは違うのにしようか」
「…ああ」
セフィロスにとっては昨日のことではないが、アイスがたくさん種類があることは、覚えていた。今回はどんな味を食べることができるのか、セフィロスは密かに楽しみにしていた。
「今日は…これかな」
そう言って、彼女がクーラーボックスから取り出したのは、前回とは袋の色が違うものだった。
去年は青い袋だったが、今回は赤い袋だった。
「レジ行こう?」
ふんわりと、彼女は微笑む。
千夏、千夏の笑顔、アイス、夏の日差し。
セフィロスは、今はこれだけあればもう何も要らないと、密かに思っていた。
→→→→
「いつ帰るのかわからないのかぁ…」
2人は、先程までいた公園に急いで戻り、溶けないうちにとアイスを食べていた。
相変わらず、彼女は食べるのが速かった。
今回は、セフィロスも手を汚すことなく食べることができていた。
食べ終わる頃には、舌が真っ赤になっていて、千夏と二人笑いあった。
「夢が覚めるまで…起きるまでなら、ここにいれるんだと思う」
「そっかぁ…んじゃあ、そこまで長く遊んでいられないのね…」
もっと長く、こちらの世界で千夏と共にいたい。
あちらの世界で、目覚めなければいいのに。
セフィロスの願いも虚しく、その時間は迫っていた。
「明日も会える…かな?あ…でも、私にとっては明日でもセフィにとっては一年後か…。次会ったらまた変わってるんだね…。フクザツ。」
セフィロスも、毎日この夢を見れたらいいのにと思った。
だが、一年前の夢からぴったり一年で、セフィロスはこの夢を見た。
恐らく、一年ごとにしか見れないのだろう。
セフィロスがこの仮説を千夏に言えば、彼女もそうかと頷いた。
「…そうだ、明日会ったらやること、決めておこう!そうすれば、時間がもったいなくない、そうでしょ?」
彼女が唐突に言ったことに、セフィロスは驚いた。
会うたびに姿を変えるセフィロスを恐れずに、それどころか彼女はもっと遊ぼうと提案するのだ。
ろくに遊んだことのないセフィロスにとっては、とても嬉しい提案であった。
「いいのか?」
「いいよ。セフィロスと遊べるなんて、なんか、私のほうが嬉しい気分!何、したい?」
千夏の答え、質問に、セフィロスは喜んだ。
拒絶されないことに、そして彼女とまたどこか新しい場所を知れることに。
セフィロスは少し興奮気味に答えた。
「この世界のこと、知りたい」
どんなことでもいいから、千夏の世界のことを知りたいと思った。
「うん、そうだよね。セフィロスの世界のことは、もういっぱい聞いたから、今度はそうだよね。…よし、任せて!私、頑張ってどこ行くか、考えておく」
「…ああ、よろしく」
その後、アイスのゴミを捨てた。
そのときに、千夏が空にできていた飛行機雲を見て、感想をのべていたとき、不意に視界が眩しくなった。
次に目を開けたとき、セフィロスは自室のベッドの上にいた。
「…覚めた」
彼女に、また何も言わず覚めてしまった。
時計を見れば、寝てからまだ時間があまり経っていなかった。
帰るのは、セフィロスにとっても千夏にとっても、突然のことだった。
セフィロスは、また一年、彼女、千夏との再開に胸を膨らませながら過ごすのだった。
髪の毛は、何故か乾いていた。