うるさい鳴き声で、その意識を覚醒させ、瞼を開けた。
シー、シャワシャワシャワシャワ、ミーン、ミーンミーン。
気が遠くなるような強い日照りの中で、何処かからか蝉の声が聞こえる。
陽炎の立つ、アスファルトの道には、人影も少なかった。
そこは、とても見覚えのないところであった。
「おぉい、そこの少年、なにつっ立ってんのー?」
ヒトの声がする。
女性だ。
「キミだよ、そこのキミ!そこの〜…銀髪の!もしかして外人さん?言葉通じてない?」
「…!」
そこで、ようやく自分が呼ばれていることに気付いた。銀髪と言うのは、珍しいからだ。
それくらいは、自分でも知っていた。
声がする方に、少し顔を向ける。
「なんだ、聞こえてるんじゃない。キミ、そんなとこにつっ立ってると、日射病になるよ、コレ、被って」
顔も真っ赤になってる。と言う彼女は自分に近づき、有無を言わさず頭に赤いキャップをかぶせてきた。
おれは、俺はセフィロス。
近い未来、"英雄"として有名となる人物であった。
→→→→
「ほら。日陰に入って!」
セフィロスは、流されるままに、その女に手を引かれて行く。
「もう…さっきから見ててハラハラしてたよ。だって、5分以上あそこでじっとしてたんだから」
車が通らなくて良かった。
と、女は言った。
「……」
セフィロスはなにも答えない。
彼女の言葉がわからないわけではないが、"話す"という気が起こらなかったのだ。
「どうしたの?っていうか、どこから来たの…大丈夫?」
セフィロスは、小さく頷いた。
それでも、彼女はセフィロスを心配する瞳をする。
セフィロスは、そんな瞳を向けられるのは初めてで、何かを言う気にはなれなかった。
彼女の方が背は高いのに、わざわざ同じ目線になり、頭を優しく撫でる。
なんだか、とても頭が痛くなってきた気がする。顔もあつい。
セフィロスは、正直に自分の状態を告げる。
「…やっぱり、あたま、いたい…かも、しれない」
正直に答えたセフィロスに、彼女はハッとした顔をして、少し考えた後、頭を軽く叩いて、微笑みながらこう言った。
「少年、アイス、食べようか」
ミーン、ミーン、シャワシャワシャワ、ジージージー。
蝉がまだ、うるさい。
セフィロスは、またも彼女に連れられるままついていった。
ついたのは、小さな店だった。
「少年、ついたよ。真夏の憩いの場。麗しき聖域コンビニに」
コンビニ。
こんびに。
はて、セフィロスには聞き覚えのない単語であった。
こんびに、とは?
「こんびに?」
「あれ?コンビニ、知らないの?んーと、簡単に言うとちっちゃいスーパー、かな?とにかくお店だよ」
海外だと違う言い方なのかな、などとぼやきながらも、引かれる手が緩むことはなかった。
ぽろんぽろん、と、心地の良いような音を出しながら、店の戸は彼女に道をさしだす。
店の冷気がセフィロスの肌を冷やす。
それがとても、心地良かった。
「少年、アイス、選んで。好きなのでいいよ。ただ高いのは…やめてね」
彼女は格好つかなそうに笑ってみせた。
目の前には、大きなクーラーボックス。店内の冷気以上に、強い冷気を出していた。
そして、どうやらアイスとは、ただの氷ではなく、氷菓子のことを言うらしい。
箱の中には、所々霜がついていた。
恐る恐る触れてみれば、さくさくと音をたてて消えていく。
手についた霜は、その温度で溶けてなくなった。
その行為は、どこか心が弾む。
「楽しいだろうけど、選んでほしいな」
渋々と、霜から手を離し、いざ氷菓子を選ぶ。
カラフルなパッケージ、色々なカタチ。どれも始めて見るものだった。
おかげで、セフィロスには、どれがいいものかわからなかった。
「迷うのならこれにしよう、はい、ちょっと持ってて?」
そう言われ、わたされたのは二つの袋。端を持っただけでも、ひんやりとした空気を感じる。
袋をわたしてきた彼女は、ブツブツとなにか言いながら、財布を漁っていた。
「…あった!よし、おいで」
ついて行くと、カウンターの上に先ほど持たされた袋を乗せると、ちゃりんちゃりんと金属音を響かせて小銭を置いた。
少しのやりとりが終わったら、店員のお礼の言葉の後、店から出た。
そして店の前で、セフィロスはその手にその袋をわたされた。
「遠慮せずに食べて?おごるから」
セフィロスは、言われたとおり遠慮などはせず氷菓子の袋を開け、中身を取り出した。
開けるのには、少し手間取った。
出てきたのは、白い気を放つ水色の氷菓子。
彼女はもうすでに食べ始めていた。氷菓子についている木の棒の部分を持ち、シャクシャクと音をたてながら素早く食べている。
セフィロスも、見様見真似で食べてみる。
しゃくっ。
口の中に、爽やかな味と、ほんのりとした甘さ、そして冷たさが一気に広がった。
それは、とても美味しかった。
暑くなった全身を、じんわりと冷やしていく。
その感覚に少し驚いて、思わずその氷菓子を凝視してしまう。
そんなセフィロスの様子を見て、彼女はくすっと笑い、早く食べろ、溶けてしまうぞ。と言った。
彼女の言ったことは本当に起こり、氷菓子はすぐに溶け始め、セフィロスの手へと垂れてきた。
焦って食べても、どんどん垂れてくる。
食べ終わるころには、手がべたべたとしていた。
眉をひそめて、どうしようかと悩んでいると、彼女がちり紙を水に濡らして持ってきた。
セフィロスの手を取り、優しく吹いてくれた。
「…ごめん」
彼女が世話を焼いてくれていることに、自分が何も出来ないような感覚が、少し恥ずかしくなり、誤ってしまう。
この言葉に、彼女はふうっとため息をつき、こう言った。
「ありがとう、って言って。私はその方が嬉しい」
こんなことを言われたのは初めてだった。
セフィロスの周りの大人は、セフィロスが何か失態を犯せば白い目をしたり、ため息をつくだけ。
謝罪の言葉を述べても、耳には届いていないのか、返されたこともない。
唯一1人、心配したり、返してくれたりする者も、まぁ一応いるわけだが、"ありがとう"について、こんなことを教えてくれる人は、彼女が初めてだった。
「…ありがとう」
「よろしい!」
彼女はそう言って、眩しい笑顔を見せた。
彼女は立ち上がり、ちり紙を捨てに行った。
「もー頭痛いのは大丈夫?」
とたん、セフィロスの視界は、ぼやけたものへと変わっていった。
彼女が戻った時、銀髪の少年、セフィロスは跡形もなく消えていた。
「…少年?」
彼女は不思議そうに首を傾げ、十分経ったころに、諦めて帰路についた。
→→→→
瞼を開ければ、見知った天井が目に入った。
セフィロス自身の部屋の天井であった。
あれは、夢だったのか。
見知らぬ景色。
見知らぬ女性。
見知らぬ文化。
見知らぬ食物。
夢にしては、少しどころではなく鮮明に写っていた。
考えるのを辞めることにして、今日の予定を思い出しながら、セフィロスはベットから降りる。
そして、セフィロスは夢が現実になる瞬間を見た。
ベットから降りて、足元にあったのは、彼女に被せられた、あの赤いキャップだった。
セフィロスは、大事に大事に、それを戸棚にしまった。
その日は一日、機嫌が良かった、らしい。