ほんっとうに恥ずかしいんだから!
セフィロスが帰ってから、うっとり…自分で自分のことこういうのもなんだか気持ち悪いんだけど、うっとりと…指輪を眺めていたら、気づいてしまった。
指輪の内側。
筆記体で流れるように彫られていた文字は、文系の私には無理なく読めた。
『Sephiroth』
ああ〜ペットの首輪に家の住所書いておくとかそういう…ってんなわけあるかいっ!!と独り興奮していた私は虚しさ全開のひとりツッコミを披露した。
さみしい。
夏は基本ワンピースで過ごす私にとって、セフィロスからもらったこのネックレスをつけると隠せる場所なんてどこにもない。襟全開のワンピースばっかり選ぶんじゃなかった。反省。
腐っても女のお母さんがそのネックレスを目ざとく見つけて、キャー何あんた男でもできたのなんて盛り上がるものだから、お父さんは味噌汁を半分吹いた。味噌汁は犠牲になったんだ。そして具のアサリは無駄死にしたんだ。
次の日に、夜7時を過ぎてもセフィロスに会えないことに一抹の不安を覚えて、でも夏祭りの頃もこんなくらいに来たし…と油断していたらとっくに日が回って、私の就寝時間を30分過ぎたあたりで諦めて次の日には来るだろうと私は8月初日を虚しく終えた。
それから2日経って、3日経って、一週間経って、段々と不安になってきた。もしかしなくても、彼自身に何かあったのではないだろうか。
いつ命を落とすのかもわからない世界で、彼はその最前線に立っているのだ。
だが、先日大怪我をしてもこちらの世界に現れた彼が、こちらに来ていないのはなぜだ?と考えて、少し背筋が凍りついた。
セフィロスを信じよう。
私の誕生日まで、あと少しだ。
彼が現れなくなって、二週間目。
私は懲りずに毎日コンビニにアイスを買いに行くという名目で近所の公園…そう、最初にセフィロスと出会った場所だ。その近所をウロウロとしていた。
不審者と呼ばれなかったのは奇跡じゃなかろうか。でも昼間だったし。
千夏はコンビニでアイスを最後に買い…ゴミを捨てる自分が目にはいった。ガラスに反射した半透明の自分の首にある、高く主張するそれが、千夏の脳を揺り動かし、
「明日は遠征かな」
久方ぶりの遠出となる。
→→→→
「なんでかなあ…もう会えないかもっても思ってるのに…本気になってるのは私の方だったのかなあ…」
大枚はたいて、買ってしまったそこそこのブランドのシルバーリング。
内側に彫られているのはお返しとばかりに自分の名前で、どういたしますか〜なんて気軽に話しかけてくれる店員さんには申し訳ないが羞恥でほとんど話が入ってこなかった。
注文をいろいろと付けて出来上がりましたよとメールが来たから取りに行ってさらに赤面。
私は一体何をしているの…?
指輪ができた。
だけどセフィロスには会えなくなって三週間が経とうとしていた。
→→→→
大型の台風が久方ぶりに日本上陸。ついでに東北にも遊びに行っちゃおうと言う予定のおちゃめな台風のせいで日本の天気は全国的に大荒れ。
私はそれでもアイスを買いに外へ出た。
「はぁ…さむ…」
今年は冷夏なのだとか。
肩出しのワンピースでは少しどころじゃなく心もとないため短めの上着を着て、この豪雨の中泥をはねさせないようにとゆっくり歩いていた。
スニーカーで来るほど馬鹿じゃない。もう濡れるのを前提のサンダルでコンビニ行きを決行した私の足に、砂が入り混じった雨水が気持ち悪く張り付く。
こんな日でも営業しなくてはいけないコンビニ店員にはお疲れ様ですという気持ちを込めて会釈をする。
寒いとこぼした手前、買ったからには食べるしか無いアイスを雨宿りしながらぼけっと食べていたら、傘もささずに道行く少年がいた。
この悪天候の中でもわかりやすい、真っ赤な帽子を被って。
「えっ」
まさかね。
まさか今頃48歳であろう彼が、ほぼ2mの身長を持つ彼がまた私の前に現れるなんて考えたことはなかったけど、それでもどことなく見覚えのあるそのシルエットを追わずにいられなかった。
豪雨で聞こえていないのか、雷鳴が恐ろしいのか、少年は止まることなく千夏の先を走り続けた。
「まっ…て!おねがい、まっ…!」
走りながらでは声が出ない。
だから止まってくれないのだろうか。
傘をおいてきてしまった。きっと母は怒るだろう。
だけどあの男の子も怒られそうだな。なんで傘を差していないんだろう。
滑りそうになる足を取られないように、必死で足を上げて走っていたら、いつのまにかあの公園の近くまで来ていた。
(早い…!)
少年はここまで止まらずに走り続けていた。
夏休みというだけあって、運動を疎かにしていた千夏は今にも足が取れそうだ。
遠くから水をきる音がする。ざざざざ、と大きなもの。
嫌な予感がする。
そしたら、取る行動は決まっていた。
嫌な予感は当たらなくていいんだよと悪態をつきながら、千夏はスパートを掛けてその少年に追いつき、道の端に突き飛ばした。
「あ」
黒髪だった。
最後に善行して死ぬのも、悪く無い。