俺と彼女の十日間 十日目






そういえばと、ふと思ったのだ。
今年で俺は17歳を迎えた。
そして千夏も確か17歳だったはずだ。
思い返せばこれで彼女と出会ってからは10年経ったことになるのだ。
随分と長い付き合いになったものだ。
彼女にとっては出会って九日目の男だが、セフィロスには出会って九年目。そうしてやっと恋人になれたというのだ。

あれからの一年間。
セフィロスは浮かれっぱなしもいいところだった。
任務先でもあの恥じらいながらもセフィロスが言うべきであった言葉を口にする千夏の姿を思い出し、ほくそ笑む…姿を見だ一般兵士がその恐ろしさに風評被害もいいところな噂を隊内に垂れ流し、隊の指揮が変な方向に折れ曲がったり、怪我をした神羅の英雄が頼ってきて3rdソルジャーが「もしかしてオレ、サー・セフィロスに目をかけられているんじゃ…!」と自信過剰になったりと色々と小さい事件が何度が勃発しつつも、月日は流れ、ミッドガルにもまた照りつける夏がやってきた。

夏だ。

俺は暑いぜなんて小さな子供がふざけて言い合っている。調べれば教本に乗っている文章から一部抜粋したものなのだとか。
今度調べてみようか、とも考えたが炎天下の日差しにその考えは飲み込まれて溶けて消えていった。

溶けて消えないものももちろんある。
今年も彼女に会えるのだ。
今年からは友人としてではなく、恋人として会うことになる。
そんな些細な事がこんなにも嬉しく感じるものなのか、とセフィロスは困惑しつつもその感情を楽しんでいた。
こんな脳みそお花畑な状態でもミッションは完璧にこなせるのだから、彼女へのみやげ話にだってぬかりはない。
自分にも格好つけて見栄を張っていたい相手がいるものなのだと気付かされた。ここ一年は喜ばしい発見が数多くあり、そのたびに千夏の顔が思い浮かぶ。(そしてその度にはたから見れば「怖い」と言われてしまう類の笑みを浮かべ喉を鳴らすため、新人のソルジャーでも顔を青白くし、一般兵なんかは泡吹いて倒れた奴がいる…なんていうのは閑話休題。

もう一度言おう。

夏だ。

また夏がやってきたのだ。



とんだうかれポンチ野郎になっていてもセフィロスの手が抜かれることはない。
今日も今日とて任務を終わらせ、もう3rdソルジャーにもなるのに2ndのトレーニングルームに忍び込んではアンジール、ジェネシスを含めて遊びと称して剣で撃ちあっていた。

「今回は統括に見つかる前にずらかるぞ」
「どこで覚えてきた、ずらかるなんて」
「どこでもいいだろう、始めるぞ」
「お前らやる気あるなら剣くらい構えろ!」

アンジールが構えをとったところで、ジェネシスが一歩踏み出す。
開始の合図だ。
セフィロスはまたニィと笑みを浮かべた。



「…勝負ありだな」
「時間切れか」

遠くから任務帰りの人々のざわめきが聞こえて、実力者たちのお遊びはお開きになる。総合的な判断から、今日もセフィロスの圧勝だった。
セフィロスは涼しい顔をしているが、あと二人は肩で息をして、今整えている途中だった。
水分補給をしながら、二人を待っているとその二人は不思議そうな顔をしてセフィロスを見ていた。

「…なんだ」
「いや…」
「お前、早く帰らなくてもいのか?」

言われたことに、今度はセフィロスがきょとんとした顔をしてしまった。
ボトルから口を離して、「…は」と、声を漏らす。

「だってお前、夏はなんか忙しいじゃないか。ここ数年。何か用事があるんだろう?気にせず行ってこいよ」

確かに。ここ何年も夏は帰還を早めたり、任務が長引くと無性に腹立たしく感じることは多かった。それが友人たちにも伝わってしまっていたのが以外で。

「あ…ああ、そうか、じゃあ。先に上がるぞ」
「おう、また明日」

ジェネシスも満足したようで、いつもの余裕の表情を取り戻している。そういえば、前までは早めに上がると構ってもらえなかった子供みたいな顔をしていたなと思いだして、ふっと笑みを浮かべる。

千夏に良い報告ができる。
俺にも、友人と呼んで支障がない存在ができたと、自信を持って言えるだろう。
土産もあるんだ。

セフィロスは嬉しげに新羅ビルから去っていく。

セフィロスのファンたちはいわゆる出待ち状態だったのだが、その柔らかい笑みを浮かべたセフィロスが急ぎ足でさろうとするのを見て、人だかりを作り少しでもそばに…という考えすら浮かばなかったという。



→→→→



「そっか…よかったあ…」

何となく今日は予感がしていたセフィロス。
その予感は的中して、目を閉じた瞬間、まぶたを焼くような明るみが、眠ろうとしていたセフィロスを出迎えた。
見覚えのある住宅街で、セフィロスは目の前の家のインターホンを押した。

「お友達、できたのね」
「…ああ」

そんな言い方をされると、なんだかとてもこそばゆい気持ちになってしまう。母親じゃないんだぞ、これでも恋人なんだぞ。
セフィロスは自信に言い聞かせて、ようやっと時間をかけて選んだ『おみやげ』を千夏に渡す段階に踏み込めた。

「これは?」
「…千夏に、渡そうと」

思って選んだんだ、と言い切る前に、千夏はその包みを解いてしまう。ああそんな、せめて心の準備を。

「…指輪?」
「…指のサイズは、わからなかった。でも、何かを渡したいと思ってな。…貸してみろ」

千夏は素直にその指輪を包みごとセフィロスに返す。
戻ってきたその包をひっくり返せば、中からは銀色のチェーンがこぼれ落ちた。
それを見て合点がいったらしい千夏は、そそくさとセフィロスの前に、背中を向けて座った。
自分の髪の毛を分けて、首元が見えやすいように…うなじが…。
ええい、怪しまれるぞ。

「つけてくれる?」
「もちろん」

そうしたいという気持ちを、この一年燻らせてきたのだ。この千載一遇の機会、逃すようではソルジャー1stを名乗れやしまい。
出来る限り、肌には触れないように。
そのネックレスを繋いだ。

「できたぞ」
「ふふ、どう?にあう?」

全体的にシルバーの、なんの飾り気もないチェーンと指輪だったが、彼女がつけているというだけで、ダイヤよりも輝いているように見えた。
にあってる、と言葉には出せなかったが、頬をほころばせてしまったことが、千夏にとって同意であると取れたらしい。

「ありがとう」

そう言って、そのネックレスよりも眩しい笑顔を、俺に送ってくれた。



「私もセフィロスになにか、あげようと思っていたのよ」

アイスをとってきた千夏と、例年のように床に座り込んで談笑する。
もう自分自身のことは吐かされてしまったものだから、今度は千夏のことが聞きたいとごねたセフィロスの意思を汲んで、千夏はゆるゆると自分のことを話し始めた。
といっても、彼女にとって、セフィロスとは昨日も会った存在であるから、少し困らせてしまった。
昨日今日で何かあるかな、と言った彼女に、本当は時の流れが違うのだと、今一度思い知らされた。

「なにか?」
「さっきも言ったけど、昨日今日じゃ何も用意できなかったの。昨日は夜だったし…その…今日はその…気が早過ぎるかなって思ったけど…。でも、セフィロスにとっては恋人ができて一周年だものね、記念になるもの」
「記念…」
「ごめんなさい、私…その…コ、恋人、とか…できるの、はじめてだから…何したらいいかとか、わからなかったの」

顔を赤くしたり、そのまま俯いたり、表情がコロコロ変わるさまはいつまでも見ていられる気がした。

「な、なんでわらうの」
「いや…」

どちらにとっても、きっと初めてなのだ。本気で好きな相手ができたことが。
一年に一度。
もしかしたら夏がおわる頃には会えないかもしれない同士で、手探りあっているのだ。
どうしようもなく、心地いい。

「いまもらった」
「へえ?」
「だからいい」

それ以上は言わないでおこう、恥ずかしいから。
口を閉ざしたセフィロスに千夏は、言葉が足りないっていつも言われてるんじゃない?とむくれていた。

図星だった。



「一ヶ月後ね、私の誕生日なの」
「誕生日?」
「うん、8月31日」

今が7月31日だから…とカレンダーをめくる千夏。
ざっとこちらの時間軸で31日。
セフィロスの世界での時間軸では、31年。

「いまセフィロスは…」
「17だから、そのころには48歳か」
「すっかりおじさんだね」

クスクスと笑っている千夏を見て、セフィロスは茶化されているなと溜息をつく。その一瞬、目を閉じていただけなのに、千夏は打って変わってとても真剣な顔に変わっていた。

「あのね」
「あ、ああ」
「浮気しても、怒らないからね」

突然のことに、セフィロスは驚いた。
浮気?誰が?俺がか?
とてもじゃないが、話の内容がつかめなかった。

「あのね、セフィロスが本当に行きている世界はこっちじゃないって、しっかり覚えておいてね。ここは、セフィロスの逃げ場な『だけ』なんだよ。ほんとうに生きて、時間をかけていいのは、あっちの世界なの。だから、私を好きでいてもいい。けどね、ちゃんと本当の世界を主軸において生きてね。ご飯食べて、友達作って、痛みを感じて、家族になって…。私の事本気になってもいい、でも、」

本気を本当の世界でも作ってね。
彼女はそう言って、表情を和らげた。
悲しいことに、彼女の言うことは理解できてしまった。
ここは夢の中だと、2年目に言ったのはセフィロスなのだから。
これが彼女の愛。これが彼女の意思。
深々と突き刺さる言葉を、なぜだか否定したい気持ちに離れなかった。

「じゃあ、じゃあ…君に本気になってもらうなら、どうすればいい?」

あきらめよう。だけど最後に、それだけは聞きたかったのだ。

「ンー…」

悩んだようなしぐさを数秒、千夏はやっと答えを出す。

「私がセフィロスの世界で生きられるようになったら、ネ!」

最後に、二人で笑いあった。



→→→→



「アンジール、もう一本」
「いやもうダメだろう!統括が来るのも秒問題だぞ!」
「行ける…アンジールは休みたいならそこで這いつくばっていろ…俺は…女神の贈り物を手に入れる!もう一本だ!」
「是非もない、来るがいい!」
「どこのラスボスだお前!」

数日後、トレーニングルームにて。
2ndのトレーニングルームは使えなくなってしまった。別に使っているのが見つかったわけじゃない。『謎の故障』で現在修理中なのだ。
1stのトレーニングルームには記録が残りやすい。遊ぶのには向いていないし、申請も面倒だ。その点、1st以外のトレーニングルームはいい。
そもそも人数が多いし、その申請をいちいち受け取っていたら事務が大変だから面倒な手続きもない。
隠れて遊ぶには絶好の場所だ。
というわけで、少々手狭ではあるが、今俺達は3rdソルジャーのトレーニングルームに忍び込んでいた。

「大体、セフィロスはいいのか!?夏は忙しいんじゃないのか!?」
「もういいんだ、だからお前も来い、アンジール!サンダー!」

ただのサンダーなのに、上級魔法並みの威力を出して、床に打ち付ける。もうそろそろまた『故障』するかな。そしたら逃げよう。

「まったく、お前の気まぐれにはついていけん!」
「でも付き合ってくれるんだろ?ほら、さっさと構えろ、飛び火するぞ」

挑発に乗ったアンジールが、ええい、ままよと構えもそこそこ走りだした。



元気にしているだろうか、千夏。
俺は今も、仲間とふざけあっている。



『そこー!1stソルジャーともあろうに、なにしてるー!』
「統括だ、逃げるぞ」
「あっ、おい、待てセフィロス、片付けてけ」
「逃げ損ねたくないからな、まかせたアンジール、ジェネシス」
「せふぃろすがおれをたよった!!?」
「ああもう!」



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