俺と彼女の十日間 九日目







1年だ。
1年も待った。
ただの返事に1年も。

これが任務だったら問答無用で攻め落としているのに、相手は手の届かないところにいるのだから厄介としか言いようのない。
この1年間の俺の不機嫌さと言ったら無いだろう。自分で言うんだから間違いない。挙動不審と何度もアンジールに言われたし、それにキレて何度トレーニングルームを壊したことか。
だがそれも終わりだ。
夏が来たんだ。
ついに彼女からの返事が聞ける。
最近はキレにキレる俺にアンジールもジェネシスも近寄らなくなってきた。
返事が聞けたら謝ろう、だがいい返事じゃなかったら、そうだな。
とりあえずビルの半壊は免れないだろう。
そして来る日を待ち望み、俺は今日も今日とてキレながら任務についた。



ああ、ちょっと油断したというか、慢心しすぎたというか。
…怪我をした。
小隊には置いて行かれただろう。
突然、暴走したマシン共の反乱、皆戸惑い、指揮系列が乱れたところを突かれた。
隊列は大きく乱れ、その隊長である自分は怪我を負って動けずにいる。
回復マテリアを持ってきておくんだった。動けないといった手前、別に動けないわけじゃない。足に怪我を負ったが、歩く分には問題は見られない。だがモンスターやマシンを相手に逃げつつ、と言ったら話は別だ。
隊とははぐれて、身動きがとれない。
八方とは言わないが、道が塞がれつつある。
どうしたものか。
軽くため息を付いて思案する。
誰も諦めるなどとは言っていない。諦めるつもりなど毛頭なかった。
帰って、千夏に、会って、返事を。
…ちょっと休もう。
ここまでの失敗でまだ女にうつつを抜かしてると知れたらどうなるか。
クビかな、まあそれでもいいが。
あんな企業、こちらから願い下げなのだ。
セフィロスはそこまで考えたあと、軽く目を閉じて深く息を吐いた。



「………!………!」

誰かが呼んでるな、助けが来たんだろうか。
いや、助けなど来るものか。通信機は壊れているからこちらの居場所などわかるはずもないし、そもそも最近の自分の態度で、ほとんどの人間はそばから離れていったのだから…。今回の任務のブリーフィングで、自分に悪態をついてくるものも少なくはなかったのだから。せめてアンジールかジェネシスあたりが同じ隊に居ればよかったんだがな。

「………!……ス!」

じゃあ誰が呼んでいるんだろうか。
こんな俺をそんな、心配した声で呼ぶなんて。

「セフィロス、目を開けなさい、セフィロス!」

はっきりと聞こえたその声は、一年間ずっと焦がれ続けた彼女のもので。
急にそのことに気がついて、セフィロスは一気に意識を覚醒させた。

「…っは、…千夏?なぜ、ここに」

まさしく洗浄のど真ん中だというのに、と口に出そうとしたところで、あたりの景色が目の中に入ってくる。
ここはセフィロスの戦っていた場所などではない。
少しだけ見覚えのある路地だった。

「家を出たら、セフィロスが家の前に座り込んでるの見つけて…!何があったの?…や、その前に、手当、しないと…!立てる!?」
「あ、ああ…」

千夏はセフィロスの左腕…怪我をした足側だ…を支えて立たせると、その腕を方に回して、体全体でセフィロスのことを支える形になる。
だが、なんとも…不格好だ。
彼女がセフィロスのことを支えるには圧倒的に、身長が足りていない。
いつのまにここまで身長に差ができたんだろうか。
千夏もそのことがわかるのか、うまくいかないことに眉をひそめていた。

「ああ、左腕を支えてくれるだけでいい…。歩けなくはないから…」
「そう?本当に?無理はしてない?嘘ついてない?甘えていいんだよ?」
「今でも十分甘えている」

それから、彼女の家、彼女の部屋に入るまでは双方無言を貫き通した。
いきなり怪我を負って現れたセフィロスを無理させないため、そして去年…昨日の発言と逃げ出してしまったことの気まずさが交じり合ってのことだろう。
千夏はセフィロスの血を気にすることなく部屋のベッドの上に座らせた。

「救急箱取ってくるから。絶対、そこから、動かない、でね?」
「…ああ」

まっすぐに目を見ながら、強調していう彼女の気迫は凄まじく、素直に返事をするしかセフィロスにはできなかった。
彼女の部屋を見るのも久しぶりな気がする。最後に見たのはいつだったか…そう、3年前だ。あの日は彼女の自室ではなくリビングで、二人で床に座ってゲームをしたのだ。
戦績は…そう、八十七戦一勝七十敗十六引き分けだ。…今考えても本当に負けっぱなしだったんだなと笑えてくる。
笑ったら足に響いて、ピリリと痛みが走った。

「っ…」
「おまたせ…あっ!無理してる!?」
「して、いない」

タイミングよく戻ってきた千夏が声を荒げる。その手には白い箱。薬品の匂いを放っていた。
彼女は手際よくセフィロスの手当てを始める。
差し出せと言われた左足を素直に差し出して、セフィロスはされるがままに手当を受けた。

「何があったか…聞いてもいい?」
「…ああ、」

任務の話を、いつもならば誰かに、気軽に話したりなんてしないのだが、ここでは気にする必要もないだろうとセフィロスは考え、口を開いた。ここには神羅カンパニーの目など欠片もありはしないのだから、機密もクソもないだろう。
セフィロスが語る中、千夏は手当の手は緩めず、だが口を開くことなく、静かに聞き続けた。それはどこか居心地が悪い感じがした。いつもなら、相槌を打って話しやすい空気を作るよう努める彼女が、なぜ。
語り終わる頃には調度、彼女の手当も終わったところだった。
だが手を止めても、彼女は黙りこんだままで、膝に手をおいて俯いて動かないままでいる。
どうかしたのだろうか。何か気に触っただろうか。俺を、嫌いにでもなったのだろうか。
そんな、まさか。まだ、返事を聞けてもいないのに。
どうにか、その顔を見せて、目を合わせて、なにか言って欲しくて。
俯いて、前髪が垂れて顔を隠している。
その髪をどかそうと、手を伸ばして払いのけた。

「どうして…」
「どうして?」

徐々に見えたその顔は、目は、じんわりと赤く染まっていた。小さく絞り出された声は震えていて、頬には涙が伝っていた。
こぼれ落ちる雫を払おうとしたのに、彼女は伸ばされたその手を払いのけた。

「キミが泣かないからよ!」

払い除けられた手が行き場をなくして宙を漂い、手を払われたことに呆然として、一瞬だけ動けなくなった。
俺は今、彼女に拒絶されたのか?
そのことを認めたられないかのように、縋るように彼女に手を伸ばす。

「…千夏、」
「っ辛いなら、辛いって言えばいいじゃない!」

そんな手もはたき落とすように、千夏は、今度は両手でセフィロスの体を押しのけた。
だが距離が開くことはなかった。
セフィロスも軍人だ。一般人の、しかも女に押しのけられたところで倒れるようなことはない。だが代わりに、心が、一気に遠ざかるような感触がセフィロスを襲いかかった。
千夏はセフィロスを押しのけて、立ち上がって一歩下がる。
離れていくのを止めようと手を伸ばす前に、千夏が震えた声で叫ぶ。

「辛いなら辛いって、痛いなら痛いって言っていいのよ!なんで、そう、そうやってなんでもないみたいな顔で話すの?怪我したんだよ?痛いって、言えばいいじゃない!いつもこうやって戦ってるの?無理そうだったなら無理そうって言って、誰かに助けてもらえばいいのに…そんなこともできないの!?」
「いや…千夏…」
「一人で走って行って…帰ってきたらこんな怪我してるの?もっと、周りを頼りなよ、甘えていいんだよ!」
「千夏…」

泣きじゃくる彼女をせめて慰めようと、千夏の方に手をおいた。
すると彼女は泣きはらした顔で精一杯セフィロスを睨みつけた。

「座って」
「…は?」
「座って!」

ビシリ、と彼女が指差していったのは、床。カーペットが敷かれてはいるものの、クッションも何もない床だった。

「ここにか…?」
「正座して」
「…」
「正座!」

有無を言わさぬ彼女の希薄に押され、しぶしぶとセフィロスは床に正座した。

「…本当は、断るつもりだったの」
「…何をだ?」
「コイビト…なること…。でも、今、気が変わった」

今、軽く言われていたがとても重要な事を言っていなかったろうか。
俺は断られるところだったのか?
呆然として黙ったままのセフィロスを話を続けて欲しいという考えなのだろうと判断した千夏は、また口を開いた。

「でも、セフィロスはきっと一人にしておいたらダメなんだと思う」
「…」
「だから、私、セフィロスが独りにならないよう一緒にいてあげる」
「…つまり?」
「…一年間で、一日だけなんだよね?セフィロスがこっちに来れるのは。その日だけは、その日だけはセフィロスの恋人でいてあげる。本当は、もっと一緒に居られたら、って思うけど…無理みたいだから。セフィロスの無理してるトコロ全部、その一日でもらってあげる恋人になる。その後の一年、頑張って、また夏になったら、一日会える恋人になるの」
「それは…その…」

黙っていたのは理解が追いついていないからであると、千夏もようやっとわかったようで。だがいまのいままで言っていたことの答えを改まって自分の口から言わねばならないということに顔を赤らめて。

「…つまり!…その、わ、私と…コイビトに…なって、くださぃ…」

千夏がその言葉を最後まで言い切るその前に、セフィロスは彼女に抱きついていた。
もう足が痛むことすら忘れて、痛みで声が上がるのも気にしないで。

「っつ、あり、がとう。千夏、俺と一緒にいる選択をしてくれて。ぃっ…」
「いいから!安静にしてて!座って!床じゃなくて、ベッドに!椅子でもいいからぁ…!」

苦しそうにしながらも、千夏は嬉しそうに、笑ってみせた。


→→→→


その日食べたアイスときたら格別で。
あのあと千夏は小腹の空いたセフィロスにいつものようにアイスを差し出した。
ミッドガルでも売っているような何の変哲もないバニラ味。ただそれだけでも、セフィロスは心が洗われるような気がしていた。

「いい?ちゃんと、心配をかけた人たちに謝って。しっかり友達作って、ね?」
「わかってるさ」

千夏にそうカウンセリングされ、セフィロスは一夏の恋人と別れを告げた。



「おい、みつけたぞ!」
「こっちだ!」
「大丈夫かセフィロス!」

当初は誰も探しになど来ないだろうと思っていたが、そんなセフィロスの独りよがりも虚しく多くの人間がセフィロスの捜索に出回っていた。
座り込んでから、一時間程度の事だった。

「立てるか?」

そう聞かれて、いつもなら「立つくらいならば」という意味で「ああ」と返事をしていただろうところを、千夏の言葉を思い出して、少々頼ることにした。この場合、甘える、のほうが正しいが。

「いや、支えてくれ」

そういったセフィロスを快く支えた人間たちの名と顔を忘れないようにして、セフィロスは後日その名のとおりのお礼参りをした。
もちろん、この一年当たり散らし続けた友人二人の元へも。



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