5 かみさまかんがえる
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オレの家のすぐ傍のボロアパートに住む北村俊哉と言う男は、いつも誰かから遠巻きに眺められて、その視線に怯え一人で蹲っている奴だった。
結構後で聞いたんだが、本人曰く、何処にでもある良くある事だと語られたアイツのその生い立ちは少なくとも俺の近くではそいつだけしか経験した事が無ェだろう壮絶なものだった。 とにかく、俺の想像を絶するような事を、平気でへらへら笑ってなんでも無い事のように語る事から、多分全てを話す事はきっとこの先も無ェんだろ。
「俺の事なんてどうでも良いよ。靖友が居てくれるからそれだけで幸せ。」
コイツは馬鹿みてェな顔で笑って俺に縋りつく。
馬鹿な男だ。
たった一度だけきまぐれに伸ばされた手に全力で縋りついて盲目的に愛を囁くんだ。
「ね、靖友、ちゅーしたい。しても良いかなぁ?」
拒む理由は、多分無い。 コイツにはオレだけしか居ねェから。 オレが居てやんねェとコイツはきっと駄目んなるから。 そうやって、言い訳を用意しながらオレはしゃーねぇなと押し切られたかのように受け入れる。
「靖友だぁいすき。」
一人が嫌いで、捨てられんのを怖がって、嫌われたくない一心で、オレの為なら何でもしようとするコイツのこの必死な顔と言ったら、ねェな。
へらへら笑いながらも時々チラつかせる不安げな顔、たまんねェ。
コイツだけは、ずっと、オレがコイツに何をしようと傍に居るんだろう。 それは、自信に裏付けられた確信。 コイツが居ないなんて、正直想像出来ねェし。
それでも、一つだけ引っかかる事がある。
肘を壊したオレに付き合って嘘を吐いてまでコイツはグラウンドから出るべきじゃ無かった。
馬鹿なオレに付き合ってこんな処にまで来るべきじゃ無かったんだよ、お前ェは。
オレが一番良く知ってるお前の才能は簡単に捨ててしまうには勿体ない。
多分、これはオレがあの世界に残してしまった唯一の未練なんだろう。
「お前はグラウンドに戻んなァ。」
後ろに残してきた未練を全部捨てて自分だけ楽になりたかったオレがお前ェに吐いた言葉が、どれだけお前ェを絶望させたのか、背中を向けたままの俺にはずっと分かんなかったヨ。
オレは、強ェ。
…違う、未練を捨てて強くなりてェんだ。
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