06
「落ち着いた?」
私の隣の席(つまり自分の席)に腰掛けた土門くんは私の顔を覗き込んで来るので、私は顔をもっと俯かせてから頷かなきゃいけなかった。
目線を合わせないと言う途方も無く失礼な事をしている私を土門くんは責める訳じゃなく小さく笑った。
「あのな、俺、別に綾瀬に怒ってた訳じゃないから。」
むしろ怒ってないから。優しい土門くんの声に俯かせた顔を少しだけ上げた。
「これ、確か前田さんの仕事でしょ?」
前田さんさっきサッカー部に黄色い悲鳴を上げてたから。土門くんは苦虫を噛み潰したように呟いた。
「仕事を押し付けてまで見に来るもんかよ…。」
サッカーなんて、と小さな小さな憎しみが土門くんから出てきた事に心底驚いた。
だって土門くんはサッカー部で、ファンタジスタで、サッカー楽しいって言ってたのに…
「ど、どどどもんく…」
いくら慌てたとは言え、恥ずかしい。どもってしまった。
土門くんはパッと顔を上げて何も無かったかのようにニコリと笑った。
「後、これ持って行くだけ?手伝うよ。」
「うん、ありがとう…」
さっきの土門くんは幻なんじゃ無いかと思う程の変わり身の速さに思わず感心してしまった私は、土門くんが持つと言ってくれたプリントを半分持って土門くんの少し後ろを歩いた。
目に見えるものが全てじゃ無いと知っているつもり。
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