「おやぁ、奇遇ですね。」
「…帰れ。」
嫌ですねー酷いですねー傷つきますー。
似合いもしないシナを作ってオレの前でヘラヘラと笑う男。
顔を見ようと思えば、顔を上げなければいけない身長差が恨めしい。
下から見上げて睨みつけてから、踵を返す。
最悪だ、せっかくの休日なのに、こんなヤツに会ってしまうなんて。
「少々冷たすぎやしませんか?」
まぁそんなところが、好きなんですけどね。
小さく付足された言葉に、カッとなって振り向けば、ニコニコ笑う男の姿。
あぁ、くそぅ、翻弄されっぱなしだ。
葵と名乗るこの男は、26歳の会社員で、オレの想い人で弟の恋人であるあの人の兄だという。
そして、オレを好きだという、変な男だ。
ただそれしか知らない。
いつも、いつの間にか傍に居て、ヘラヘラ笑って帰っていく。
オレがどんなにキツい言葉を投げつけようと、ただ笑っている。
それが愛情表現だって知ってるなんて妄言を口にする事もあるが、何処まで本気なのか分からない。
理解できないものは怖いものだ。
「ついてくるなよ!!」
「えー、一緒に映画見に行きません?チケット貰ったんですよ。」
結局、映画を見て、喫茶店でコーヒーを飲んで、充実した休日を送ってしまった。
社会人だから、と言って全て奴の奢りだ。
君とデートしたかったんですと、いつもとはなんだか少し違う顔で笑う男に顔を背けて、家に帰るなり部屋に飛び込んだ。
翻弄されっぱなしだ、嗚呼苛々する。
あんな顔見せるなんて、ずるい。
頬に集まる熱を誤魔化すように枕に顔を押し付けて、何故か込み上げてくる涙ごと誤魔化してやった。
理解してしまえば、きっともう戻れないと知っている。
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