世界は存外、静かに、崩れる
たとえば、指先。
あるいは、爪先。
もしくは、胴体中ほどから、じわじわと消失していく、感覚。
手を伸ばして物に触れようとすれば、スゥと通り抜けてしまったり、
体の真ん中でボールを受け止めようとしたら、ボールがいつの間にか後ろに転がっていたり、
試合中、コートの真ん中を走っているオレが、皆から見えていなかったり、
其処に居るのだと自分で認識しているのに、突然、瞬き一つでそれが確かなもので無くなった。
声をかけても素通りされて、引き止めようと伸ばした手はすり抜ける。
誰もオレの事を見てくれなくて、俺なんて其処に存在していなくて、もしかしたら、オレはずっと都合の良い夢を見ているだけなのかもしれない。
背筋に冷たいものが走る。
確認出来ては無いけど、きっと顔も青ざめているんだろう。
『一之瀬はもう、死んだんだよ。アイツはもう、何処にも居ない。』
動けなくなった俺の前で、大切な幼馴染が顔を歪めて笑った。
「オレは此処に居るよ、此処に居たいよ、気付いて、気付いてよ、土門!!」
泣いて追いすがるオレの姿はなんて格好悪いんだろう。
「嫌だ、助けて、土門…」
足元から音を立てて崩れてゆく感覚。
泣いて幼馴染の名前を叫ぶ、ところで目が覚めた。
「また、この夢、か。」
汗でぐっしょり湿ったシャツを脱ぎ捨てて、頭を抱えてため息を吐いた。
日本に戻ってきてから何度も繰り返す夢。
オレを責めるでもなく、ただ迎え入れてくれた幼馴染の代わりとでも言うようにじわじわと俺を責めたてる。
嘘のような本当のような限りなく現実に近いこの夢を見る度に、オレは過去の罪を突きつけられて、逃げたくなる。
謝罪の言葉を呟いたところで何もかもが今更過ぎる。
どんなに謝ったって、どんなに後悔したって、泣かせた事実はなくなりはしないし、罪悪感が募るだけだ。
許されなくていい。
許して欲しくなんてない。
責められたい、オレが悪いのだとまっすぐ責めて欲しい、
オレのつまらないプライドのせいで、君が傷ついた事は誤魔化しようもない事実だろ?
許さなくて良いから、昔のオレじゃなくて今のオレを見て。
オレは生きているよ、想い出のままで居てあげられなくてごめんね。
アメリカから帰ってきたあの日。
運良く一つ前の飛行機に乗れただなんて嘘を付いてでも、君達の視線から逃げたかった。
それなりに覚悟は決めていたつもりだったけど、直前に怖気づいた。
オレはあの頃と変わらず、臆病者で、卑怯だ。
自分の狡猾さは自分が良く知っている。
結局、あの頃もあの日も、自分が傷つくのを恐れるばかりで、立ち向かう事なんて出来なかった。
今も昔も、弱い弱い、自分。
殴られる事くらいは覚悟していたんだ。
本当に。
オレはそれだけの事をしたし、許されるだなんて思っていなかった。
それなのに、俺に降りかかったのは暖かい涙と言葉と、抱擁ばかり。
甘やかされてるなぁと思いながらも、オレはそれに甘えてばかりで、いつも君を泣かせてばかりいるね。
ごめんね、分かっちゃったんだ、円堂の事を話す君の表情を見て。
随分嬉しそうな顔をするんだね、
随分楽しそうな顔をするんだね、
まるで、円堂のことが、 みたいじゃないか…
どろどろと腹の其処で渦巻く感情に気付いてしまった
「オレは此処に居るよ。」
生きててごめんね。
聞こえるか聞こえないか程の小さな声で囁けば、頬を打たれた。
二文字の言葉をオレに投げつけた土門は泣いていて、泣きたいのはこっちだなんて思ったけど、それは何とか飲み込んだ。
血が滲むほど握られた拳で胸をドンと叩かれて、息が詰まりそうなほどの感情が込み上げる。
「ごめんね、土門。愛してるんだ。」
今でもあの時君の手を振り解いたことを、後悔してるんだ。
全て失って、全て捨てたあの日に、君だけは、なんとしてでも手放すべきじゃなかったんだと、失ってから気付いたみたい。
オレは、馬鹿だね。
今も、君を抱きしめる事さえできない意気地なしだよ、オレは。
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円堂←土門前提の一之瀬×土門にしたかった。
円堂が一之瀬に似てるから惹かれていたことを土門は分かってないし、それが恋愛感情では無い事を一之瀬は理解できない。
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