08




「まッ…マグロ…?」
「…あげないよ。」
「いらねぇよ!!」

ファーストコンタクトは、あまり良いものではなかった。
偶然立ち寄った雑貨屋で目に付いたのは、青い髪の少女と少女の抱える冷凍マグロ…。
…俺疲れてんのかな。

「買うの?」
「あっ、あぁ。」

その言葉に俺はようやくこの店に立ち寄った理由を思い出す。
シャーペンの芯を買いに来たんだった…

「200円。」
「あぁ。」
「毎度。」

ちゃりんと少女に、硬貨を渡し、品物を受け取る。
そのまま、店を出ようとするが、足を止める。

「どうしたの?」
「やばい、ちょっと、隠して。」

バタバタと、カウンターの奥に向かう。

「後で、説明するから、俺は此処に居ない事にして!」

息を殺して、気配を消す。
アイツは勘だけは強いから、見つかるかもしれない…。


「こんにちは、雑貨屋さん。」
「いらっしゃい。」
「おっ、ヒトミ、コレ可愛いんじゃないか?」
「あー、本当だ。」

やってきたのは、ヒトミと、兄貴。
出来れば接触したくないのが、乙女心だ。
…違うけど。

(早く、品物買って帰れよ…!!)

俺はそれだけを念じ続けた。
見つかったら見つかったで、面倒だ。


「あれ?桜川じゃん。二人で買い物?」
「あ、華原君!」
「よう、雅紀か。」
「こんにちは、鷹士さん。」

神様は、やっぱり俺のこと嫌いだと思う…。
敵が増えやがった…。
剣之助や先生や、神城先輩ならまだしも、よりにもよって華原かよ…。
やべぇ、俺、見つかんない自信なくなってきた…。

「桜川、またダイエット関係のもの買ったの?頑張ってるよな、ホント、オレ、応援してるから!」
「ありがと!そんな風に言ってもらえると凄く嬉しいな。」

さわやかに言う華原に、頬を染めるヒトミ。
寒気がする。
早く、帰ってくれよ…。

「…なあ、雅紀」
「はい?」

重々しく、口を開いた、兄貴に、華原は首をかしげる。
…やっぱりあいつは気づいたか。

「別に俺は何も言わないけど…、せいぜい頑張れよ?俺も、応援しててやるよ。」
「…何か?」

顔は笑っているのに、漂う空気は、真っ黒だ。
…ヒトミ、お前なんで平然と立ってられんの?
なんなの脂肪と同じ位面の皮も分厚いの?やるねー。

「いや、分からなければ良いよ。」
「鷹士さんって、思ってたより面白い人みたいですね。」

はははと、笑いながらも、華原は、ギリッと唇を噛む。
あー、悔しいんだろうな、うんうん、隠してるつもりなんだから。

…兄貴は、ヒトミに仇なすものに対しては、容赦ねぇんだよな。

「そうか?」
「…これからもよろしくお願いしますよ」
「こちらこそ」

青春シェイクハンドとは程遠い、真っ黒な握手。
ホント、お前ら早く帰って…。

「ねぇ、何の話?」

ヒトミも、だから気付けって馬鹿!!

「何でもないって、気にすんなよ。あ、オレ引き止めちゃったみたいだね、ゴメン」
「あ、う、ううん、そんなことないよ。」
「それじゃあな、雅紀」
「はい、また今度」

華原が、キラキラを残して、去った後、俺は静かに、息を吐いた。
しっ…、死ぬかと思った。
後2人、なら何とか行けるだろ。
(内一人は全くの無能だ。)


「ヒトミ、買うもの決まったか?」
「うん。」

弾む声に嫌気が差す。
俺も、本当は、あの中に、居るはずなのに…。

「すいません。」
「毎度。」

兄貴に言われて、品物をつめていく雑貨屋さん。
目の前の、2人は、幸せな兄妹に見えるのか?
一人ぐらい足りなくても、大丈夫だろ?
俺は要らないんだ…。

「ほら、ヒトミ。」
「お兄ちゃん、ありがとう。」

品物を受け取って、店を出て行く二人を目で追う。
俺も、アンタに必要とされたかったよ、兄貴…。
母親や父親は駄目でも、アンタは俺にも優しかったじゃないか…。
もう、俺は要らないの?

「あ、そうだ。」
「お兄ちゃん、どうしたの?買い忘れ?」
「そんなもんだな。ヒトミ、先に出てくれるか?」
「うん。」

店の中に、兄貴だけが残る。

「そうだなー…、コレかな。」

兄貴が手にしたのはパンダの縫いぐるみ。
俺が、目つけてたやつ!!
ヒトミにあげるのかよ…。

「毎度。ラッピングは?」
「お願いします。」
「わかった。」

がさがさと、雑貨屋さんが縫いぐるみを包む音だけが、やけにリアルに感じる。

「それ、店の奥に居る女の子に渡してください。」
「…わかった。」
「エリカ、たまには、家に帰って来いよ。兄ちゃん心配してるんだからな。」

泣きそうな顔で呟いた兄貴の姿に、枯れたと思った涙が流れた。
嘘だろ…。

「じゃあ、さよなら。」

兄貴が、店を出ようとする。

「良いの?」

と、雑貨屋さん。
良い訳なんてないッ!!

「待って!!」

勢いだけで、飛び出した。
何を言うかなんて全く考えていない。

「あのっ、ありがとう。俺、その縫いぐるみ欲しかったんだ…。その…ちゃんと、帰るから。いつか絶対に。だから、今は待って?今は、駄目なんだ、まだ…。ごめん、ありがとう。」

俯いて、兄貴の、服の裾を掴むと、子供の頃に戻った気がした。

「良いんだ。兄ちゃんちゃんとエリカの言いたい事分かるから。ごめんな、エリカの事もっと構ってやればよかったんだよな。エリカはずっと、強い子だから大丈夫だって思い込んでたけど、違うんだよな。エリカは、良い子だから、我侭言えなかっただけなんだよな?もう、なんでも我侭言っていいからな?兄ちゃんなんでも聞くぞー。」

俺の頭を撫でて、微笑む、兄貴に涙がこぼれる。
なんだ、兄貴はずっと、変わってないじゃないか。
兄貴は、兄貴のままで、俺が兄貴を拒否したんだ。

「兄貴、ありがとう。大好きだから…。」

俺は、目を瞑って、耳をふさいで、全てを投げ出しすぎたのかもしれない。

「じゃあ、兄ちゃん先に帰るな?」
「うん。」

今日からは、もう少し、素直に生きれたらいい。
まだ、すぐには無理だけど、少しでも、良い方向に進めればいい。
生きているかぎり、何度でもやり直せるのだから…。

「良かったね。」
「ありがと、雑貨屋さん。」


世界が半回転した




良い方にでも、悪いほうにでも、変わった事自体がすばらしい事だ。



「えっ!?アンタ、男だったの!?」
「君も同じようなものでしょ?」

後日、雑貨屋さんの性別を知って、驚くのはまた別の話。





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