世界が半回転した
「まッ…マグロ…?」
「…あげないよ。」
「いらねぇよ!!」
ファーストコンタクトは、あまり良いものではなかった。
偶然立ち寄った雑貨屋で目に付いたのは、青い髪の少女と少女の抱える冷凍マグロ…。
…俺疲れてんのかな。
「買うの?」
「あっ、あぁ。」
その言葉に俺はようやくこの店に立ち寄った理由を思い出す。
シャーペンの芯を買いに来たんだった…
「200円。」
「あぁ。」
「毎度。」
ちゃりんと少女に、硬貨を渡し、品物を受け取る。
そのまま、店を出ようとするが、足を止める。
「どうしたの?」
「やばい、ちょっと、隠して。」
バタバタと、カウンターの奥に向かう。
「後で、説明するから、俺は此処に居ない事にして!」
息を殺して、気配を消す。
アイツは勘だけは強いから、見つかるかもしれない…。
「こんにちは、雑貨屋さん。」
「いらっしゃい。」
「おっ、ヒトミ、コレ可愛いんじゃないか?」
「あー、本当だ。」
やってきたのは、ヒトミと、兄貴。
出来れば接触したくないのが、乙女心だ。
…違うけど。
(早く、品物買って帰れよ…!!)
俺はそれだけを念じ続けた。
見つかったら見つかったで、面倒だ。
「あれ?桜川じゃん。二人で買い物?」
「あ、華原君!」
「よう、雅紀か。」
「こんにちは、鷹士さん。」
神様は、やっぱり俺のこと嫌いだと思う…。
敵が増えやがった…。
剣之助や先生や、神城先輩ならまだしも、よりにもよって華原かよ…。
やべぇ、俺、見つかんない自信なくなってきた…。
「桜川、またダイエット関係のもの買ったの?頑張ってるよな、ホント、オレ、応援してるから!」
「ありがと!そんな風に言ってもらえると凄く嬉しいな。」
さわやかに言う華原に、頬を染めるヒトミ。
寒気がする。
早く、帰ってくれよ…。
「…なあ、雅紀」
「はい?」
重々しく、口を開いた、兄貴に、華原は首をかしげる。
…やっぱりあいつは気づいたか。
「別に俺は何も言わないけど…、せいぜい頑張れよ?俺も、応援しててやるよ。」
「…何か?」
顔は笑っているのに、漂う空気は、真っ黒だ。
…ヒトミ、お前なんで平然と立ってられんの?
なんなの脂肪と同じ位面の皮も分厚いの?やるねー。
「いや、分からなければ良いよ。」
「鷹士さんって、思ってたより面白い人みたいですね。」
はははと、笑いながらも、華原は、ギリッと唇を噛む。
あー、悔しいんだろうな、うんうん、隠してるつもりなんだから。
…兄貴は、ヒトミに仇なすものに対しては、容赦ねぇんだよな。
「そうか?」
「…これからもよろしくお願いしますよ」
「こちらこそ」
青春シェイクハンドとは程遠い、真っ黒な握手。
ホント、お前ら早く帰って…。
「ねぇ、何の話?」
ヒトミも、だから気付けって馬鹿!!
「何でもないって、気にすんなよ。あ、オレ引き止めちゃったみたいだね、ゴメン」
「あ、う、ううん、そんなことないよ。」
「それじゃあな、雅紀」
「はい、また今度」
華原が、キラキラを残して、去った後、俺は静かに、息を吐いた。
しっ…、死ぬかと思った。
後2人、なら何とか行けるだろ。
(内一人は全くの無能だ。)
「ヒトミ、買うもの決まったか?」
「うん。」
弾む声に嫌気が差す。
俺も、本当は、あの中に、居るはずなのに…。
「すいません。」
「毎度。」
兄貴に言われて、品物をつめていく雑貨屋さん。
目の前の、2人は、幸せな兄妹に見えるのか?
一人ぐらい足りなくても、大丈夫だろ?
俺は要らないんだ…。
「ほら、ヒトミ。」
「お兄ちゃん、ありがとう。」
品物を受け取って、店を出て行く二人を目で追う。
俺も、アンタに必要とされたかったよ、兄貴…。
母親や父親は駄目でも、アンタは俺にも優しかったじゃないか…。
もう、俺は要らないの?
「あ、そうだ。」
「お兄ちゃん、どうしたの?買い忘れ?」
「そんなもんだな。ヒトミ、先に出てくれるか?」
「うん。」
店の中に、兄貴だけが残る。
「そうだなー…、コレかな。」
兄貴が手にしたのはパンダの縫いぐるみ。
俺が、目つけてたやつ!!
ヒトミにあげるのかよ…。
「毎度。ラッピングは?」
「お願いします。」
「わかった。」
がさがさと、雑貨屋さんが縫いぐるみを包む音だけが、やけにリアルに感じる。
「それ、店の奥に居る女の子に渡してください。」
「…わかった。」
「エリカ、たまには、家に帰って来いよ。兄ちゃん心配してるんだからな。」
泣きそうな顔で呟いた兄貴の姿に、枯れたと思った涙が流れた。
嘘だろ…。
「じゃあ、さよなら。」
兄貴が、店を出ようとする。
「良いの?」
と、雑貨屋さん。
良い訳なんてないッ!!
「待って!!」
勢いだけで、飛び出した。
何を言うかなんて全く考えていない。
「あのっ、ありがとう。俺、その縫いぐるみ欲しかったんだ…。その…ちゃんと、帰るから。いつか絶対に。だから、今は待って?今は、駄目なんだ、まだ…。ごめん、ありがとう。」
俯いて、兄貴の、服の裾を掴むと、子供の頃に戻った気がした。
「良いんだ。兄ちゃんちゃんとエリカの言いたい事分かるから。ごめんな、エリカの事もっと構ってやればよかったんだよな。エリカはずっと、強い子だから大丈夫だって思い込んでたけど、違うんだよな。エリカは、良い子だから、我侭言えなかっただけなんだよな?もう、なんでも我侭言っていいからな?兄ちゃんなんでも聞くぞー。」
俺の頭を撫でて、微笑む、兄貴に涙がこぼれる。
なんだ、兄貴はずっと、変わってないじゃないか。
兄貴は、兄貴のままで、俺が兄貴を拒否したんだ。
「兄貴、ありがとう。大好きだから…。」
俺は、目を瞑って、耳をふさいで、全てを投げ出しすぎたのかもしれない。
「じゃあ、兄ちゃん先に帰るな?」
「うん。」
今日からは、もう少し、素直に生きれたらいい。
まだ、すぐには無理だけど、少しでも、良い方向に進めればいい。
生きているかぎり、何度でもやり直せるのだから…。
「良かったね。」
「ありがと、雑貨屋さん。」
良い方にでも、悪いほうにでも、変わった事自体がすばらしい事だ。
「えっ!?アンタ、男だったの!?」
「君も同じようなものでしょ?」
後日、雑貨屋さんの性別を知って、驚くのはまた別の話。
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