04



俺の好きな人は少し変わっている。 
(少しどころじゃないと思う。)

一つ上の先輩で、
学園の裏NO,1と呼ばれるほど人気があって、
でも、本人はそれをまったく気にしてなくて、
女子に囲まれても相手にする事がない。

俺はその人を始めてみたとき、スカしてて嫌なやつだと思った。
(始めは男の先輩だと思ってた。)

実際、話してみるとそうでもない事を知ったのは、初めて会ったときから、1週間ほど後の事。
その人はマンションで俺の隣の部屋に住んでいる。 
(妹と兄は5階に住んでいるのに、あの人だけ1階だ。)
朝学校に行くために家を出たところで偶然出会った。

「…おはようございます。」

俺は、一応先輩だからと声をかける。

「…えーと、橘剣之助君、だよね。おはよう。」

その人は表情を変えずに、そう言った。
声の調子から見て別に俺に対して敵意を向けているわけじゃないから、表情を作るのが苦手な人なのか、と思った。
(実際そうだった。)

「先輩は、桜川エリカ先輩っすよね?」
「あぁ、ヒトミと紛らわしいだろうからエリカでいいよ。」

先輩は廊下で見かけたときの印象とはまったく別の印象を与えてくれる。
先輩の気持ちを判断する材料は声しかないけど、
本当はこの人は優しい人だ。
俺はそう確信して、勝手に嫌な人だと勘違いしてすみませんと心の中で謝った。

「じゃあ、エリカ先輩で。俺のことも、好きに呼んでください。」
「先輩も要らないよ。それなら、剣之助って呼んでいい?」

少しだけ声が弾んだ。

「どうぞ。」

俺も少し嬉しくなる。

「ねぇ、剣之助。ケーキ作るのが好きなの?」
「如何してそれを!?」

俺は柄にも無くあわててしまう。
まさか、何処からばれたんだ!?

「いや、たまに隣の部屋から甘い匂いが漂ってくるから。そうなのかなーと。違う?」
「…黙っててくれませんか?」
「どうして?」
「俺がケーキ作るのが好きですって言ったら、イタいでしょう。」
「そうでもないんじゃない?俺だって料理が趣味だし、ケーキだって作るよ。普通じゃないかな?ねぇいつか剣之助のケーキ食べさせてよ。」
「…そうっすね。」

俺は多分、コレがきっかけであなたに惹かれたんだと思う。
あなたにとってはなんでもない会話の一部だったとしても、俺にとっては大きな一歩を踏み出すためのきっかけになった言葉で…
あなたの無意識の優しさに惹かれていたんだと思う。

それ以来、俺は部活が無い日はエリカ先輩と一緒に学校へ行くようになった。
始めの頃は、エリカ先輩がドアを開ける頃を見計らい、偶然を装って、先輩と朝の挨拶を交わした。

今じゃ、そんな事をしなくても普通に、お互いがお互いを待ち合えるくらいの仲になったと思う。
(エリカ先輩は優しい人だから、俺に合わせてくれているだけで、こんなの只の自惚れかも知れない。)
俺の心に燻っているこの気持ち、先輩は絶対に受け取ってくれないから、俺は絶対に伝えない。
(嫌われるくらいなら今のままで良い。)
先輩が誰も好きじゃない事を知っているから。 
(そう、先輩自身でさえも。)


「剣之助ー。もし俺が剣之助の事好きだって言ったら、どうする?」

ある日、いつものように俺の部屋に来て、コタツで丸まっていた先輩が唐突に言う。 
(先輩の部屋にはコタツが無いらしい。)

「ぶッ!?ゲホッゴホッ!!」

目の前に座る人のあまりにも唐突な爆弾発言のせいで、俺は盛大に咽てしまう。

「慌て過ぎだぞ、剣之助。」

俺が死にそうになっているのに、我関せずで、雑誌をめくっている人に殺意を覚えたのは言うまでもないだろう。
(この人は俺がこの人の事を好きなことを知っていてわざとこう言う事をするんだ。)


でも、先輩、俺ちゃんと知ってるんすよ。
そんな言葉、本気じゃないって。
何があったんですか、先輩。
今まで冗談でもそんな事言わなかったでしょう?
誰に何を言われたか知らないですけど、考えないでください。
優しいあなたの事だ、きっと考え事に夢中になって自分を蔑ろにする。
そんな事を思っていても、

「…その気持ちが本物なら受け止めますよ。」

俺はこんなありきたりな言葉しか言えない。

「ありがとな。」

先輩は雑誌から顔を上げて、少しだけ微笑んだ。
(様に見えた)

エリカ先輩、俺はあなたが好きです。
このまま扉の鍵を閉めて閉じ込めてしまおうかと思うくらい。
それでも何もしないのは俺が臆病だから。


「エリカ先輩、俺、昔先輩のストーカーだったんですよ?」

冗談めかして俺が言うとすぐに、

「知ってる。俺も、剣之助のストーカーだったから。」

そうやっていつものエリカ先輩が返してくれる。
その日俺は久しぶりに、声を上げて笑った。

偶然を装うために費やした時間、
プライスレス。




エリカ先輩が、いつか俺の前でだけ笑ってくれればいいと思う。



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