過去編40






某日某時刻。

忍術学園付近に2つの影。


「…作戦は成功したようだな。」
「そう、ですね。」

黒の忍装束に身を包んだ、男が2人。
それぞれ獣の面を身につけ、表情は見えないが一人は呆れ、一人は嘆いているように見えた。


「今更、後悔か。」
「違い、ます。覚悟は決めていました、から…」

眼下に見える学園の校庭。
こわばったままの顔で歩く、生徒の一人を見詰めながらポツリポツリと会話を続ける。

学園内の何処かへ行くたびに罵声を浴びさせられ、
人気のないところへ連れ込まれれば無抵抗なのを良い事に暴行を受け、
悪趣味にも性的な暴行に踏み出そうとする者も居た。


「今更、そんな顔するんじゃねぇよ。」
「…はい。」

くしゃりと歪めた顔を見とがめられ、ざくりと言葉が自信に突き刺さる。

「…あの子供、泣いていたぞ。」
「分かっていて追いつめたくせに。」
「きっかけを作ったのはお前だ。」
「…私は、あの子だけは巻き込みたくなかった。」

だから、最後に躊躇ったと言うのに。
あの子の傷が全て治る事を知っていても、形だけの致命傷すら残せなかった…。
傷は治っても痛みはあるのだから、あの子の苦痛にゆがむ顔はそれだけで、私自身の決意を揺るがせるには十分なものだった。

「馬鹿な事を…」
「はい、とても愚かでした。」
「…俺達の目的はなんだ。」
「学園の内部を騒がせる事。 情報を収集する事。」
「なら、孤邑虎之助を殺す事だけで十分だろう?」
「…脆い、学校ですね。」

『皆に慕われ、愛されている虎先輩』、なんて偶像崇拝が成り立ち、偶像一つ無くなるだけでこんなにも、揺らぐ。

「馬鹿の集まりだな、こんなところに6年間もとは、情けない…」
「ふふっ、でも二度と戻ってくる事が無いと思えば、それですら愛しいですよ。」
「思ってもねー癖に。」
「…あの学園に憎しみはあっても、親しみは最後まで持てませんでしたからね。」

5年前の春に初めて潜った校門。
5年と半分ほど過ごした一室。
学んだ事はそう多くは無くとも、過ごした時間の長さだけは真実。

気づけば、本来抱くべき親しみよりではなく憎しみばかりが積み重なっていましたけれど。


「俺達の目的は最初から最後までただ一つだけだ。」
「えぇ、全てあの方の為に、揺ぎ無く。」


あの方が、現実を受け止めきれず路頭に迷いボロ雑巾のような私達を拾ってくれた。育ててくれた。守ってくれた。

例え、結果的にあの子を裏切る形になったとしても、あの方に勝る者は居られない。


「さて、行くか。」
「…私は、もう少しだけ、あの子の姿を見ていきます。」
「俺は先に消えてるから好きにしろ。」



某日某時刻
忍術学園付近に残った一つの影。





「…叶、あんま泣くんやないぞ。」


叶を大切に思ったのは事実。
叶を守りたかったのも事実。


「悪い先輩でごめんなぁ。」


どうしても譲れないものは、誰にも有るじゃろ?
泣かせてばっかで、嫌われとっても不思議やないんに、最後まで慕ってくれてありがとうな。


「いつか、迎えにくから、待ってて。」


今はまだ、その時じゃないじゃろ?



「強うなるんやで、叶…。」




某日某時刻。

忍術学園付近には誰も居ません。
忍術学園付近には誰も居ません。






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