「叶ー、叶ー。」
自分を呼ぶ声が5年長屋に響く。
あの声は、兵助か。
ため息をついてから、長屋からそう離れていない木の上で息を潜める。
少し前に俺を探している潮江先輩を見たから、多分、その件でアイツも借り出されているのだろう。
保健委員でもないくせに不運な奴め、と哀れには思うが、自分からは出て行ってやらない。
潮江先輩に探されてるということは、用件は決まりきってる。
だから出来れば、つかまりたくないのが本音だ。
「あ、三郎、雷蔵、叶見なかった?」
「えー、僕は見てないなぁ。三郎は?」
「俺も見てない。どうせまたどっかの木の上で昼寝してんじゃねぇの?」
「そうか。じゃあ・・・・あそこだな。」
そう言って兵助が指差したのは俺の潜んでいる木で、めんどくさいなと思いつつ気配を消して移動する。
「あっ、叶見っけ!!」
「げっ!?」
その気配に気づいたときにはもう遅く、
木から離れようと飛び上がったところを、自分より2回りも大きな体に抱きしめられた。
そして、そのまま肩に担がれ、兵助たちの居る場所に運ばれる。
「はちも使うなんて卑怯だぞ兵助!」
「逃げるほうが悪い。」
俺を捕まえたはちの上でじたばたと暴れてみるも、まったくびくともしない体格差が悔しい。
うぅ、何でこいつ等竹の子みたいににょきにょき伸びんだよ・・・。
最初は俺のほうが高かったのに・・・
「叶ー、俺たちも友達売るのは嫌なんだけどな、後輩に泣きつかれたら、どうしようもないだろ?」
なっ?とはちが、言うのでしぶしぶながら頷いた。
うん、後輩は仕方ないな。可愛いもんな。「相変わらず後輩に甘いんだから叶は。」
「その分先輩に厳しいけどな。」
「後輩を甘やかすのは当然だぞ!可愛いし!!先輩に厳しいのも当然。可愛くないからな。」
三郎と雷蔵の言葉に、強く返せば、笑われて、なんだか、穏やかな空気に包まれる。
あぁ、なんか良いなーこう言うの。
「捕まっちゃったことだし、観念して行ってくるわ。」
はちの肩から飛び降りて、長屋の自分の部屋に置いてある10キロ算盤を持ち出した。
「じゃ、いってきまーす。」
といえば、そろって帰ってくる答え。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
俺は、今、心から笑えてる?
楽しいのに、嬉しいのに、心が引きつって、痛いんだ。
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