過去編35




先輩方のたまり場に行けば、突き刺さる視線。
もう、負けない。
あたしは、一人じゃないから。
不破や竹谷が久々知が、あたしの事を想ってくれるのなら、あたしだって、あいつ等の為に…

「もう、不破や竹谷に手を出さないでください。先輩方が気にいらないのは俺だけでしょう。もうあいつ等を巻き込まないでください。」

先輩方を睨む鉢屋を背に膝をついて頭を下げる。
土下座かよとざわつく空気は無視をして、お願いしますと続けた。

動かない先輩方。
声さえも直ぐに聞こえなくなった。

直ぐに分かって貰えるとは思ってはいなかったけど、なにも無いのは可笑しい。
状況を確認しようと顔を上げるとその理由は直ぐに分かった。

「狸塚、先輩…。」
「はい、こんにちは、関口くん。」

ニコニコと笑ってはいるけど、怒っているのだと直ぐに分かる。
虎先輩の親友だと言うこの人とは何度か話した事がある、けどとても恐ろしい人だ。
『絶対零度の学級委員長』と言う通り名は伊達では無いようで、先輩方の顔色は絵の具をぶちまけたかのように直ぐにさぁと青くなった。

「最上級生では無いと言え、君達にも上級生としての責任や気遣いなんてものが芽生えているだろうと思っていたのですが、どうやら私の勘違いだったようですね。」

にっこりと笑って、先輩は主犯格であった先輩の襟ぐりを掴んだ。

「何のためにこの子達を傷つけたのか、理由を教えてくださいますよね?」

言葉づかいこそ丁寧であっても、滲み出るのは恐怖のみ。
あの、虎先輩でさえも、狸塚先輩には敵わないと言っていた。
本当に、怖い人である。

「ッ、だって、先輩!こいつのせいで孤邑先輩が、しッ、」

そこから先は言わせてもらえなかった。
なぜなら、狸塚先輩の拳が綺麗にその先輩の頬にめり込んで飛んでいったからである。
比喩でも何でも無く、文字通り3メートルほど、綺麗に。

「問題です。学園外で下級生と一緒にいるときに賊に襲われた場合、上級生として取るべき行動は何でしょうか?」

狸塚先輩は人一人殴り飛ばした後とは思えないような穏やかな笑顔で問う。

「下級生を先に逃がして、安全が確認できるまで自分が足止めをする。」

一人の先輩が小さくつぶやいた言葉に、狸塚先輩はにっこりほほ笑んだ。

「はい、正解です。世の中物騒ですから、私の親友が優秀であったと言えど、忍たまでは敵わない悪い人は沢山居るんですよ。 そして、彼はこの子を安全に逃がすと言う選択をした。それは上級生として誇るべき事であると、学園長先生も仰っていたでしょう。」

狸塚先輩は一瞬顔を歪めてから、また、笑った。

「この子は虎が命を賭して守った私達の後輩です。慰め、憐れまれ、大事にされこそしても、まかり間違って傷つけられる事なんてあってはいけないでしょう。どうして怖い思いをして戻ってきて、尚且つ自分も酷くぼろぼろになっていたのに、一番に虎の事を案じて涙を流したこの子を、慰め抱きしめてやらないのですか。虎の守ったこの子を、今度は私がこの学園の先輩として守ります。今後、この子を傷つけるような事が有れば、私が黙っていませんよ。」

狸塚先輩は笑っている。
先輩たちの顔は相変わらず青ざめている。
鉢屋は呆れている。

そして、私は、

「関口くん。虎は君の事をとても大切に思っていました。ですから、私にとっても、君はとても大切な後輩なのですよ。馬鹿な上級生がごめんなさい。きつくお灸を据えて置くから安心してくださいね。」

「駄目、です。」

流されてはいけない。

「もう守られるだけは嫌です。力が無かったから、虎先輩は亡くなりました。悔しいんです。強くなりたい。先輩に頼ってばかりじゃなく、自分の力で、狸塚先輩のお言葉は嬉しいのですが、それじゃ、駄目なんです…。」

ぼろぼろと涙があふれた。
嫌だ、もう嫌だ。
守られるのは嫌だ。
守ってくれたその人を失うのはもう嫌だ。

「馬鹿な子ですね。」

狸塚先輩はあたしの目線に合わせてしゃがんでくれて、優しい笑顔で頭を撫でた。

「君はまだ一年生なんですから、私達上級生が君を守るのは当然なんですよ。経験も実力も、何もかも違うのですから。」

でも、と反論しようとした口は狸塚先輩がやんわりとふさいだ。

「私達も、私達の先輩にずっと守って貰いました。沢山の教えを頂きました。ですから、君がこの学園で沢山経験を積んで、上級生と呼ばれる学年になった時に、今度は君が下級生を守ってあげれば良いんです。沢山の事を教えてあげればいいんです。」

それで良いんですよ。
笑う狸塚先輩につられて、私も笑った。

あたしは。
あたし達は、沢山の優しさに守られて、生きているんですね。





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