毎日のようにやってきては、押入れの前で涙を流す、不破の言葉に耳を塞いだまま、時間だけが過ぎていく。
不破は優しい人だから、あたしなんかの為に心を痛めちゃいけない。
あたしに関われば、良い事無いよ。
虎先輩のように…
夜、あたしは同室者に気付かれないように息を潜めて外に出た。
トイレに行きたいとか、お腹が空いた、とかそう言う訳じゃなく、何かに誘われるようにふらふらと。
あぁ、でもそう言えば此処暫くまともに何も食べていないかもしれない。
押入れの襖を開けて、ゆっくりと床に足をつけると、べしゃりと水っぽくて適度に弾力のあるなにか踏みつけた。
何もかもに苛々していた、あたしはそれを何か確認する事も無く、手ぬぐいで適当に床と足の裏を拭ってからすぐに長屋の部屋を出た。
気持ちを落ち着けるために、水でも飲もうかと、井戸へ向かうと、ひらひらと光りながら舞う蝶。
驚いたのと同時に、魅入られて、触れようと手を伸ばす、
「ソイツに触るな!!」
あと少し、と言う所で突然の怒鳴り声に驚いて肩を揺らす。
がさがさと草を掻き分けて飛び出した、井桁模様の制服に身を包んだ(即ち同級生である)少年はきっ、とあたしを睨み付けた。
あぁ、会った事も無い同級生にまで罵声を食らわせられるのは嫌だな、と率直に思った。
それなのに、聞こえた言葉は、想像のどれとも違って、驚いた。
少年は、あたしの手をガシっと、その年代では力強く、掴んで叫んだ。
「馬鹿野郎!!この蝶は綺麗で一見無害に見えるけど、その燐粉は酷い毒で、クマもいちころなんだぞ!!確かめもせずに手を伸ばすな!!死ぬ気か!!」
一息で言い切った少年は、言い切ったことと毒にやられそうになったあたしを助けた事の達成感からかふんぞり返って、馬鹿野郎、ともう一度言った。
「死ぬのも、良いかも知れないね。」
少年に力強く掴まれた腕を振りほどいて、少年の大声に驚いて飛び去ってしまった蝶を目で追った。
「虎先輩の居ない世界で、どうやって生きたら良いのか、分からないんだ…。」
自分で口に出してから後悔した。
そうか、もう先輩は帰ってこないんだと、自分で認めてしまった。
ぼたぼたと、涙が溢れた。
ごめんなさい先輩。
あたし泣いてばかりです。
貴方は、心配してしまうかな…
でも、本当に、貴方の居ない世界はそれだけで、暗くて冷たくて、寂しい。
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