過去編5






あたしが死んで、俺が生まれた日。
あたしは全てを失って、俺は全てを得る事を拒んだ。
認めたくなくて、信じたくなくて、どうして良いのかなんて分からなくて、ただ、呆然と。


小さい頃から、人と関わるたびに傷ついて、泣いていたあたしに、お前は愚直なのだと、姉が言う。
中学生の時、あの子があたしにだけ本当の事を言ってくれなかったのも、
高校生の時、あの子があたしとの約束を破って終には裏切ってしまったのも、
全てお前が悪いのだと、姉は言う。

高校生の時に相談を持ちかけた担任は、お前が大人になれば良いのだと簡単に言ってのける。

時々、過去を思い出して、無性に泣きたくなる日がある。
中学生の時、もっとあの子と話をすればよかったの?
高校生の時、あたしは約束を破られても、裏切られても怒っちゃいけなかったの?

今更、だなんて分かってる。
でも、無性に悲しい。
どうしようも出来ない感情がグルグルと渦巻いた。

18歳の春。
あたしは、一つの結論を出した。
人と関わって、裏切られて、傷つくくらいなら、初めから誰とも付き合わなければいい、と。

あたしと同じ高校から大学へ、行く子は居ないから、好都合。
癖毛の髪に縮毛強制を当てて、慣れない化粧の練習をして、今までのあたしとは違うあたしを作り上げた。
入学してすぐに、壁を作り上げて、誰にも関わらないようにした。
最初こそ、楽しそうに談笑してる女の子達が羨ましいと思ったが、慣れれば、何も思わなくなった。
大丈夫あたしは一人で生きていけるのだと、自惚れていた。
同じ学科の女の子達に話し掛けられるたびに、心で、謝って距離を取る。
男の子達から陰口を言われる事もあった。
滅多に喋らないのが気持ち悪いのだと、嘲笑われた。
それでも、そんなのは全然苦にならなかった、のだと思い込んでいた。
一日一日、増えていく心の痛みに、あたしは只、気付かない振り。

ある日、突然上手く笑えなくなった。
笑いたいのに、楽しいのに、顔が引きつって表情筋が上手く動かなくなった。

次は、突然喋れなくなった。
何かを言おうとするのに、その何かが、頭の中に浮かんでこなくて、声が出せなくなった。

話し掛けられるたびに、笑おうと、喋ろうとするのに、
笑おうとすればするほど、表情筋は固まるし、
喋ろうとすればするほど、口が上手く動いてくれなくなった。

嗚呼、そうか、楽な方へ逃げようとした、あたしへの罰なのか、と小さく嘲笑う。
人と付き合わなくったって、傷つく事には変わらないのに、あたしは只、眼をそむけて逃げただけ。

涙が、止まらなくなった。
こんな自分を変えたいのに、どうすれば良いのか分からなくて、逃げる事しか考えられない自分が酷く醜く見えた。
あたしを傷付けたあの子達の事も酷く憎いと思った。
死んじゃえば良いのに。
苦しんで苦しんで、あたしの記憶と共に居なくなってしまえば良いのに。
違う、そんなんじゃ何も変わらない、の。

「もう、いやだ、消えてしまいたい。この世界から。どこか違うところへ行きたい。違う環境だったら、何かが変わるかもしれない。」

グルグルと巡る感情は、ただ、あたしの心を締め付けて。
いつまでも過去から逃れられないのかと、自嘲した。



気が付けば、あたしは、暗い森の中で一人佇んでいた。
自分の覚えている限りでは、自室で携帯を握り締めながらウトウトしていたはずなのに、急に変わった景色に驚きを隠せない。
どこか遠くでなく野犬の声や、頭上を飛び回るカラスの声は、あたしの恐怖心を煽るにはもってこいで、かたかたと振るえる。


「どうして・・・。」


呟く声に返って来る言葉なんてなくて、ただ、恐怖に脅えながらも、森を進むしかなかった。

これは罰なのだと、誰かが嘲笑った気がした。








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