時巡り | ナノ



同じ夢を何度も見続けることに、理由があるのなら。

それはきっと…

あの日、あの時、あの場所に


あなたを置いてきてしまったから―――…










桜の花びらが、舞い落ちる春。


「六花ーっ!遅い遅い、入学式始まっちゃうよ!」
『これでも全力ダッシュしてきたんだけどな』
「そもそも寝坊する方がおかしいっていい加減そろそろ気付こう!?」
『入学式って面倒なんだよね』
「この子は…まったくもう」
『ユキも毎回律儀にモーニングコールしなくてもいいのに』
「そうでもしなくちゃあんた絶対すっぽかすでしょーがっ」
『うん、まあね』
「ただでさえ一人暮らしで、なおかつ生きる気あんのか分からないような生活してるっていうのに!ていうか昨日はちゃんと、」
『ああほら。始まるみたいだよ』
「…相変わらず人の話聞かないねあんた!」
『今さらでしょ』

忙しなく行きかう人混みの中。
幼稚園からの腐れ縁が目の前で呆れ顔全開で見つめてくる
そう。私たちはこの春から大学生へと変わっていた
疎らだった人の流れが一か所に集まり始めるのを眺めて、友人の背を押す
正直ユキからの連絡がなければ家で寝て過ごすつもりだったのに
生真面目な性格の彼女がそれを許してくれるはずもなくて

きっかり朝の7時に鳴り響いた電子音に苦笑したのは秘密だ。

『―――…』
「六花?」

ザァザァと、風が吹く

今が盛りだとでもいうように咲き誇るのは、満開の桜

胸元まで伸びた黒が踊るように靡くのを片手で抑える


…聞こえるハズのない声を探しては、いつだって切なくなるんだ


「…またあの夢見たの?」
『ん。春になるとダメだね、どうも引きずられる』
「…」
『ふふ…なんでユキがそんなカオするの』
「だって…! だって、あんな壮絶すぎる話なんか聞かされたらこっちだって切なくなるじゃんかっ」
『今でも思うけどよく疑わずに信じたよね』
「疑って欲しかった訳でもないでしょ」
『まあ結果的にはそうなんだけど』
「それに!壊滅的な不器用さを誇る六花に、あんな回りくどい嘘がつけるとも思えないしね」
『喧嘩なら買うよ』
「たまにはまた組手やろーよっ」
『はいはい』
「って、こんな事してる場合じゃないって!ほんと遅れるっ!ほら行くよっ」
『相変わらず忙しないなぁ』
「誰のせいだ!誰の!!」

遠慮なんてなしにグイグイと力いっぱいに引っ張られれば、止まっていたこの足だって動かざるおえなくて

短いユキの襟足が揺れる。

純粋で、笑ってしまうほど素直すぎるユキの存在に…今世の私がどれほど救われてきたのか

キミはきっとこれっぽちも気づいていないんだろうね


『時々その天真爛漫さが羨ましくなるよ』
「!、なにー?なんか言った!?」
『なんでも。それより前見て走りなよ、転ぶよ』
「その時は六花も道連れね」
『出来れば全力で遠慮したい』
「あははっ」


新しい生活、新しい場所、新しい出会い

変わり往く世界の中でもずっと変わらずに居続けてくれた、大切な存在


間に合った!って


入口に着いた途端叫んだユキに苦笑したんだ











「それ故に、未来溢れる諸君にはこの大学生活を経て社会に羽ばたいて欲しいと…」

だらだらと続くのは教授が述べるただの口上。
ただっぴろい体育館に所狭しと座っているのは、私たちと同じようにこの大学を選んだ者
眠くなるような時間の動きに欠伸を零せば隣から肘でつつかれる
隣を一瞥すれば、背筋を伸ばして凛とした横顔。
…天帝の生誕祭だとか言われていたあの日、天帝の口上とかあったんだろうな
捲簾ももしかしたら今の私と同じ気持ちだったのかなって。
退屈な現状に零れ落ちた二つ目の欠伸

あ、睨まれた。

分かったよと片手をヒラつかせれば、案の定。
呆れたような眼差しが飛んできた


『…』

春、桜、人、未來

命、繋がり、想いは

いつの世でも然程変りはないように思う


私が"私"の記憶も持って生まれ変わったのは…なにかの罰なのだろうか。

天界と下界、人と神。

淨と不浄がハッキリと分けられていたあの頃とは違い、今の世はみな等しく人間だ

神や仏の存在が当時と比べると薄れているのは…この世界を創るものが人であるから


どれほど前の出来事だったのかは判断できないけれど、それでも。

確かに存在していたのだ

普遍を約束された箱庭の世界の中、たった一つの出会いから始まった私の生と

"彼ら"と共に最期まで貫き通した想いが

そして、託し続けたたった一つの小さな命が。

天乙貴人として生き抜いた私が残した、当時の記憶が

今世に生を受けた私がどうして受け継いでいるのか…聞き出せるものなら観音辺りにでも聞き出したい。

…今では声を聞くことも、その存在を感じ取ることすら出来ないけれど


叶えたくても叶えられなかった未來

置いていきたくなかったのに、置いてきてしまった命

私たちのミチをつくるために、散らせてしまった命

最期の最期で…すべてを託してしまった命


泣きたくなる程の愛おしさと切なさが、春になると溢れだす


どうして春になると、いっつも泣きそうなカオしてるの


真面目な顔で詰め寄られたのは高校の入学式だった。
ただ黙って舞い落ちる花びらを見上げていた時、背後から飛んできた声
無意識に探してしまう面影や、引きずられる想いが苦しくて
たった一つの後悔だけが渦巻いていて
無意識に泪を流していた私を見つけて、ユキは叫んだんだ
溜め込んで泣くくらいなら吐き出して泣け…って

余りの必死さにコッチが驚くくらいの勢いで。
思い出すと今でも笑ってしまう。
持て余していた大きすぎる過去を最後まで話そうと思えたのは、ユキが…
私以上に涙を流して泣いていたから
必死に堪えようと引き結ばれた唇も、強く強く握られた手も…小さく震えていたのだから

今の世の中。
前世の、しかもどれほど遠いものなのかも分からないほど果てしない過去の記憶を持っていると言ったところで、信じて貰えるような世の中ではないんだ
輪廻転生なんて存在するのかしないのか定かではない現実
況してや前世の記憶がこうもはっきりと持っているなんて誰かに話せば、例え家族であっても信じて貰えるハズがないのに

それでも。
彼女はなんの疑いもせず私の話を受け入れてくれたんだ。
怖かったねって、偉かったねって
それこそ声を上げて泣きながら抱きしめてくれた
…信じてくれたのだ
普通ならありえないと捨てられても可笑しくない記憶を

『―――…』

あんなにも簡単に受け入れてもらえるなんて思ってなんかいなかった当時の私
ボロボロに泣き続けるユキにつられて泣き出せば、満開の桜の下
二人して手を握り合っていたんだ
今だから思うけど、アレって結構傍から見れば変質者だったに違いない
職質されてもおかしくないよね

「六花ってば!」
『!…ん』
「ん、じゃない。入学式終わったよ」
『ああ、やっと終わったの。無駄に長かったね』
「とか言ったって、どうせ話なんてこれっぽっちも聞いてなかったんでしょ」
『逆に聞くけどどうしたらあんな長話を真面目に聞けるの』
「普通は聞くもんなの!」
『へぇ』
「っとにあんたは…ほら、次行くよ」
『次?』
「…聞いてないようだから教えてあげるけど、この後は学部に分かれて今年一年の自分の時間割を決めるんだよ」
『まぁた七面倒なことを』
「なんの為に大学入った!あんたは!」
『親がとりあえず行きなさいと』
「その軽い気持ちで受験成績一位とかほんと訳がわからないからね!?世の中の受験者様たちに謝れ!」
『ユキも同じ大学を選んだのは意外だったけど』
「…まぁ、家から通える距離だったし、倫理学部もあるし」
『ああ…そう言えば好きだよね、倫理』
「うん。不謹慎かもしれないけど、六花の話を聞いてからずっと…興味あったんだよね」
『何かに興味を持つことは大切だよ』
「じゃあ六花はもっと生に興味を持ちなさい!いつかほんとに餓死するからね!?」
『ちゃんと食べてるよ』
「ゼリー飲料は食べ物じゃありません」
『手厳しいね』

並んで歩いて、見上げた空。
雲一つない浅黄色のそこは…あの時の私たちが焦がれた色
…よく天蓬が抜け駆けしてたなぁ
アレは書類の山から逃げる為の現実逃避だと思ってたけど、やっぱり惹かれていたんだろう
あの世界には決して存在することのなかった、変化に
捲簾はいっつも頭抱えてたけど
今思えば巻き込まれて書類を片付けたことの方が多かった気がする

「ほっとくと1日1食とかしか食べないでしょ、あんた」
『お腹空かないんだよ』
「はぁ…その割にはほっそいくせして体力だけは無駄にあるんだから」
『体を動かのはもともと好きだったし』
「相変わらず体育会系だよね、六花って」
『人の事言えんの、ユキ』
「あははっ、確かにー」
『でも最近は空手も剣道もご無沙汰かも』
「大学受験でなにかと多忙だったしねー」
『あ、華道は行ってるの?』
「そっちもご無沙汰だよ。六花こそ弓道はどうしたの」
『煮詰まった時とか、精神統一に何度かだけ』
「全盛期が懐かしいねぇ」
『なんかその言い方すごく年寄りじみてるよ』
「なんだとーっ」

同い年なのに!と騒ぐユキに目元を緩めて微笑んだ。


大丈夫…まだ、大丈夫。

記憶に呑まれそうになったとしても、私には

傍に信じてくれた存在がいるのだから―――…












さぁ、まずはここから始めようか。








『…ぜったい、みつけて…ね』

「ああ…ぜってー…見つけてやる」


「またな」

『またいつか』






それは、いつかの、何処かで

交わることのなかった言葉のカケラたち―――…












← | →
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -